この恵まれた物質社会は人間にとって果たしていいものなのか。
心がない。
やることが手につかない。
正と悪が交差する。
つい引き込まれそうになる。
カッとする。
やることもおぼつかず未来のビジョンも見えてこない。
心が苦しい。
どうしようもなく切ない。
世界はのろわれている。
父母たちの時代はゼロからのスタートだった。
私たちは恵まれすぎていて何かを見失っている。
すべての人間が見失っている。
いったい何をすべきなのかを知らされもせず。
人を傷つけたりしない。
争いなどしない。
お互いに助け合って生きてきた父母たちの時代。
子供たちが大きくなって気づいた時にはもう遅い。
こののろわれた世界。
人間が人間らしく生きることが難しくなっている。
社会からドロップ・アウトした人間が多くなる。
ありとあらゆるものが霞んで見える。
手をかざしても、
何もこばむことなどできやしない。
こののろわれた世界。
21世紀ははじまったばかりだというのに、
どう生きたらいいんだ。
私の夢は無惨にも砕かれ、ただ唖然と立ち尽くす。
心にもない行動に出る。
ゆっくりと味わって生きるということなんてできるのか。
頭の中はぐるぐるとまわり、
同じところへ戻って行く。
そんな時間の使い方をしていたら、
死を迎えるのはあっという間に決まってる。
私の生きた証しはなにもない。
創造はすべて無。
発表されぬまま、
くずれ落ちて焼かれ灰になる。
誰も私の創り出したものを知らずじまい。
いったいどう表現すればいいのか、
こののろわれた世界。
私の歩いて来た道を記すにはどうすればいいのか。
誰も見るものもいない。
誰に知って欲しいというのだ。
そんなものはない。
心の奥底から沸き上がる発想が、
私が手にした時間の中で創ってきたもの。
それはすべてが無の世界。
虚しく沈むこの気持ちが大きくなる。
私は動くことすらできないでいる。
このままイスの上で死んでいくのか。
私は誰にも味方されることなく、
辛い日々の中に死んでいるのと同じである。
いっそこのまま死んでしまった方が楽になるかもしれない。
小さく見える光の向こうに希望を抱いて生きてきた。
その光さえも雲と雨に遮られ、
太陽の届くところにもうない。
また太陽は必ず昇るとわかっていても、
私の心は待つことを忘れた小鳥のように歌わない。
羽ばたくことさえ忘れてしまったのか。
自分の歌を歌うカナリアは素晴らしい。
ひとり暗く悩み、
ひとりもの思いにふける。
誰に連絡するでもなく、
私はこのひっそりとした時間の中で呼吸する。
こののろわれた世界の中で、
カナリアのように歌うことができたら素晴らしい。
いや、きっとできるに違いない。
そう信じている。
こののろわれた世界でも歌える。
のろわれた世界に生きる。
きっと、明日は今日よりも美しい。
きっと、明日は今日よりも美しい。
御供 2005/2/26 11/11/2 13/9/25

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