別れ際に明日また、
と言える友が何人いるか。
ずっと一緒にいる友が何人いるか。
プッと笑い出せるともが何人いるか。
必ずまた会うという友が何人いるか。
一生友だと思える友が何人いるか。
心の底まで打ち明けられる友が何人いるか。
ひとりじゃないと考えない。
友とのつながりを容赦なくぶつけ合える友が何人いるか。
私にはたくさんいる。
笑みも浮かぶ。
笑いたくもなる。
そんな人生を送っているから。
生きていて楽しい。
はるか遠方より来たりし友もいれば、
毎日顔を会わす友もいる。
みんなで騒ぎはしゃぐ、言い合う。
時間もある。
鮮明に浮かぶ友の顔。
嘘でなく、私にはたくさんいる。
未だかつてそれを口には出さない。
でも友としてつき合っている。
喧嘩をよくする友もいれば、
励まし合う友もいる。
寄り添って生きる友はいないけれど、
強がってつき合う友はいる。
ひとりよがりではないにしても、
こちらから出向く友が多い。
動くのは私の役目と解っているからそうしている。
こちらから友となろうとしない限り友は友として存在しないもの。
だと思うのは私だけだろうか。
私はそう考え、育ってきた。
母からも人よりは動きなさいと言われて育った。
一回嘘をついたら、ずっと嘘になってしまうことも教えられた。
母からもらったアドバイスは本当に神の言葉に値する。
でも、良き方向へと友のいるところへと旅をする。
役割だけはもらったような気がする。
できるだけ多くの友に会うために旅をする。
まだ見ぬ友、私のよちよち歩きははじまったばかり。
今もそのことが頭いっぱいになっている。
この角度から、
この面から、
このタイミングから、
ゆっくりと歩いていって友と会おう。
そしてキミの隣へ。
御供 1998/11/25

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