2010/07/14

明日また


別れ際に明日また、
と言える友が何人いるか。
ずっと一緒にいる友が何人いるか。
プッと笑い出せるともが何人いるか。
必ずまた会うという友が何人いるか。
一生友だと思える友が何人いるか。
心の底まで打ち明けられる友が何人いるか。
ひとりじゃないと考えない。
友とのつながりを容赦なくぶつけ合える友が何人いるか。
私にはたくさんいる。
笑みも浮かぶ。
笑いたくもなる。
そんな人生を送っているから。
生きていて楽しい。
はるか遠方より来たりし友もいれば、
毎日顔を会わす友もいる。
みんなで騒ぎはしゃぐ、言い合う。
時間もある。
鮮明に浮かぶ友の顔。
嘘でなく、私にはたくさんいる。
未だかつてそれを口には出さない。
でも友としてつき合っている。
喧嘩をよくする友もいれば、
励まし合う友もいる。
寄り添って生きる友はいないけれど、
強がってつき合う友はいる。
ひとりよがりではないにしても、
こちらから出向く友が多い。
動くのは私の役目と解っているからそうしている。
こちらから友となろうとしない限り友は友として存在しないもの。
だと思うのは私だけだろうか。
私はそう考え、育ってきた。
母からも人よりは動きなさいと言われて育った。
一回嘘をついたら、ずっと嘘になってしまうことも教えられた。
母からもらったアドバイスは本当に神の言葉に値する。
でも、良き方向へと友のいるところへと旅をする。
役割だけはもらったような気がする。
できるだけ多くの友に会うために旅をする。
まだ見ぬ友、私のよちよち歩きははじまったばかり。
今もそのことが頭いっぱいになっている。
この角度から、
この面から、
このタイミングから、
ゆっくりと歩いていって友と会おう。
そしてキミの隣へ。
御供 1998/11/25

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