天使の降りた街ロスアンジェルス。
トパンガでロングボードの上に座りながら見る、
ズマに落ちる夕陽。
太陽が地平線まで続く。
アスファルトを溶かし、
アメリカが発狂していた頃1976年。
おんぼろのレンタカーボブ・キャツトに乗って、
4000マイル車を走らせた。
ヒッピーかぶれの私はアメリカを転がり回っていた。
ロス、ネバダ、アリゾナ、ユタ、ニューメキシコ。
ボブ・キャットには、
2つのカセット<イーグルス><ニール・ヤング>。
ラジオはおんぼろで壊れていた。
ジプシー・ブーツを探してエクザエルの旅。
かぶれのパッチ・ワークのシャツとリーバイスのジーンズ。
少ないお金とわずかな荷物。
それだけで充分だった。
当時の私は18ドルのシャワーだけの安モーテルも、
車の中で寝ることも結構快適だった。
ナバホ・インディアンのおばあちゃんと過ごした一週間。
アメリカであってアメリカでない、
リザーベーションでの貴重な生活。
おばあちゃんとの出会いからはじまった体験。
モニュメント・バレーの18人もの大家族のナバホの家。
言葉は通じないがあったかいもてなしに感激。
私のことをみなブラザーと呼んでくれた。
あばあちゃんはラグ・ウィバー。
4人の子供。
兄嫁、弟兄貴、長女、弟夫婦に、
各かく子供がたくさんいたのを覚えている。
モニュメント・バレーの下にバスケットのゴールを作り、
水も電気も来ていないあの土地に、
18人もの大家族が普通に生活している。
テレビはジェネレーターを駆使して観ている。
水は買いに行く。
未だに自給自足の生活をしているには驚いた。
でも、街に行くとアルコールに手を出して、
アルコール中毒の多いネイティブ・アメリカン。
標高3000KMの高山で血の濃くなってしまったからだろう。
ラグ・ウィバーのスージーおばちゃんは有名人。
この居留区からは出たことはないが、
ニューヨークの近代美術館にラグが飾られているのだ。
すごく広い砂漠に3000人のナバホ族が住んでいる。
母なる大地にはじめてクワを立てた反逆者。
コーン・イズ・ライフというように羊やコーンが全財産。
家に伝わるシルバーのインディアン・ジュェリーは、
近頃ではパウン・ショップという質屋に出て来ることがある。
文明社会の悪の誘いに誘われてしまった若者が持ち出すのだ
アメリカ社会がすべて幸せなわけじゃない。
そのことがはっきりわかったのは、
プエブロ・インディアンのジョンに会った時だ。
本当に日本のおじいちゃんに良く似てる。
しかし、いい年の取り方をしていて、
なによりも生きる喜びを持ち続けていることが感動した。
そして、この大きな大自然に出会えた時、
人間が本当に人間になれる数少ないスピリチュルなところ。
それがわかっただけでもうれしかった。
今でも、私の一番好きなところがこのニュー・メキシコ。
旅はいつでも私にいろいろなダイヤモンドを与えてくれる。
御供
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