2011/01/31

POPART



2000年の今、バスキアが気になる。
雑誌を見ているとバスキアが目につき、
ファッション・ショップでもバスキアがある。
本屋で小さなバスキアのミニ・ブックに出会った。
街を歩いているとバスキアが溢れている。
グラフィック・アートとして路上に溢れているバスキア感覚。
都会生活の中に見え隠れする。
おし止まぬバスキア。
とても幼く?
ポップで落書きみたいなバスキアの絵。
見ているだけで元気が出て来る。
彼の絵の中にかくされたメッセッ−ジの強さ。
どこか社会に背を向けて立っているバスキアが見える。
80年代のニューヨークを駆抜けたひとりの人間の創り出すアートは、
21世紀もひとつのムーブメントを起こしそうだ。
御供 2000/11/13

あいつ



何故人は生きていく道を狭くして行くのだろう。
人に失礼なことをしてこそこそとしなくちゃならないやつ。
なんでそんなことするんだろう。
その場だけを上手くたちまわり、
後のことは考えない。
よくそんなことができるよ。
人間として恥ずかしくないんだろうか。
人はみな何かを信じて生きている。
どんなに小さなことだって、
人は信じるから救われる。
人を裏切っておいてよくひょいひょいと出てこられるよ。
なに食わぬ顔で生きている。
そんなあいつがいる。
あいつはいいやつなのにどうしてこうなる。
会うのは3年ぶりくらいになる。
変わらずに声が大きなことを口にする。
あいつは本当に変わらない。
上手く生きているつもりだろうが。
いったい何を考えているのかな。
あいつはいつもああして人を敵にまわす。
そうして立場を狭くする。
もう少し考えればいいのに。
御供 2001/2/16

いろいろ



今日にしろ明日にしろ、
人間の完全性を私たちは信じない。
革命によっても人類を消滅させても、
世界がよくなることはない。
しかしわれわれひとりひとりの中に最終的に良きものを!
もしもなんらかの方法で集められることができたならいいな。
それにもとずいて、
この世界を今までよりもずっとやさしいものに構成することができる。
私は信じる。
そんなことは頭の弱い人間の博愛精神だとおっきせるかもしれない。
その通り。
私は人間であるがために人間を愛する。
愚か者の仲間である。
たとえば「森は黒い」と容易に言える。
赤が緑なのだ。
黒い木は一本もない。
私的に言えば松の木がもみの木であるのだから。
「社会が悪い」
と実に容易に言い荒れる。
しかし、根本的な悪い人間がどこにいるのか探し出して欲しい。
野蛮なこの世界を判断するよう試してみたい。
少し後には原始的な主張などかけらもなくなってしまう。
コミュニズムの前提は人工的または意図的な世界にたいする無なのだ。
誰かがドイツ人は女が嫌いだと言ったなら、
ドイツ人の中で暮らしてみたらどうだ。
と私はその人に言いたい。
そして一ヶ月後に自分の家主の奥さんが女きらいかどうか。
憎しみ、無知、根本的不信。
それがコミュニズムの心霊的世界である。
御供 2001/2/16

ここに居る



今ここにいる時間があるのがつらい。
なにをやるでもなく、
世間には風邪をこじらせていると言ってある。
自分が自分でないような。
世界がみな背を向けているかのような。
すべてが上手くいっていた昨日までが崩れていく。
いったいどういうことなのかわからない。
どうして今ココに居るのだろうか。
今この時間を創り出そうとしているのも自分だし、
今この時間を創り出したのも自分。
何かに過信していた自分がみじめだ。
ここまで来ている自分をこれからどうしていけばいいのか?
さっぱりして出るとして、
また考えることにしよう。
御供 2001/10/28

2011/01/30

ふと、山の空気に誘われて



勉強に中毒する。
理想に中毒する。
ヒューマニズムに生きる。
愛に中毒する。
健康という幻想。
人間という妄想。
ふと、山の空気を吸うと見えなくなる。
ゆったりとした自分だけの時間が、
止まったような気がする。
この中毒がいちばん欲しかったのかもしれない。
御供 1996/10/28 

めぐるべく



動き始めよう。
もう20世紀も終わり、
やがて21世紀がやって来る。
2000年が一日一日、
2001年に向かって進む。
何をしても変わるわけじゃないが、
確かに時代はめぐるべく刻々と動いている。
人間が生きるのなんてせいぜい100年。
しかし時代はめぐるべくして流れ続ける。
今日よりも明日、
明日よりも明後日。
日々、流れ続ける時間の中で私たちは何ができるのだろうか。
人間の手によってできること、
それは毎日を楽しんで充実させて生きること。
だいそれたことをやろうなんて考えても仕方ない。
友といっしょに会話して美しい地球をKEEPして、
人間の寿命の中で精一杯生きるだけ。
人にはそれぞれの幸せが待ってるし、
その幸せは考え方次第で型になるということだ。
社会が絶対なんて言わないが、
社会から離れて暮らすなんてできやしない。
社会に順応しなくてもいい。
共存して生きていくことが大切だ。
めぐるべく時代の中で私は生きる。
御供 2000/10/10

2011/01/29

グレート・フル・デッド



ミュージシャンとしてアシッド・テスト体験で学ぶことができたのは、
面白かったというグレート・フル・デット。
すべてのルールを捨てた後、
混沌の中に何が残るのか?
意識的に何かをやるのをやめたとしても、
そこにまた新たになにかが起こって来る。
御供 1997/12/19

ボブ・ディランパート2



フォーク・シンガーとして60年代、
ビートの精神を受け継ぎロックとして人々に伝えた。
体制に反抗し、
公民権運動、
ベトナム戦争を終結させ、
すべての人の心に手を投げかけながら愛というものを言葉にして歌い。
ロバート・ジママンが本名で、
ニューヨークのクラブでデビューした。
イギリス・ツアーでビートルズと、
ローリング・ストーンズと競演した。
アレン・ギンズバーグやバロウズと交遊を持ち、
ジャック・ケルアックの墓に行くためのツアー「ローリング・サンダー・レビュー」にサム・シェパードを連れて行く。
多くの歌を作り、
今もなお現役で活躍しているボブ・ディラン。
「歌う吟遊詩人という言葉がこれほど似合う人はいないだろう」
「溺れないうちに泳ぎ出そう。時代はもう変わっているのだから、、、。」
と歌い。
体制に対する批判をしたボブ・ディラン。
御供 2001/12/22

好きな詩人



詩人という人物がどんな人格であるかわからない。
わからないのは当たり前だろうが、
本当に全然わからない。
その中のひとりに今日会った。
自分からファンです。
握手をしてくださいと握手をした。
谷川俊太郎という詩人だ。
青山の小さなバーでのクリスマスの詩の朗読会。
遅れはしたが時間を絞り出して会いに行った。
会いたかったからだ。
彼は30年前、こんな詩を書いている。
NYはマンハッタンで書いた詩だった。
「人間はいまあるがままで救われるんだろうか。もし救われないのなら今夜死ぬ人はどうすればいいんだい。もし救われないのなら未来はなんのためにあるんだろう。救うのが自分の魂だけならば、どんなに楽しいだろうな。他人の魂が否応無しに浸入してくるので僕には自分の魂がよく見えないな」
こんな詩だ。
すごくこのフレーズに感激した。
僕もこんな詩が書きたいと思った。
そして、今日も詩を書いている。
御供 1998/12/24

現代が



いま、多様化の時代とか、
差異化の時代とか言われる。
何もかも、アレもこれもみんないっしょに求められる。
個人とか、個人の自由という言葉が、
ますます集団の自由のものにとって変わられようとしている。
人間が渇望する自由とはいったい何なのか?
そんな問いがいつも熱烈に語られているように思う。
60年代には誰もが普通に語っていたもの。
現代が結論は出してくれない。
御供 2003/12/21

空間



港区にでっかいスペースをキープして、
おかしな連中集めてさ。
都市生活者の楽しみを!
ゲット・ツゲザー。
地球の底まで見渡せるビルの屋上がいい。
コンビニエンスでノイズOKの廃墟のようなビル。
もちろんチープ。
うるさいヤツなんかいなくてさ。
ボヘミアンの旅好きがトランジットしているような、
ゲストルームが下にあってさ。
もちろんヒップでCOOLな仲間さ。
人種は問わない。
学歴だって、
教授先生だって、
政治家だって、ストリッパー。
看護婦だって、
ヒッピーでも。
気持ちはいつもヤギに引かれてピースフル。
遠い国まで行きたいな。
あの山越えて、
あの海越えて、
どこまで行っても終わりはない。
御供 1998/7/29



山の中の美しい緑は、
大都会のやさしい人間と同じこと。
風が運んでくれる幸せは誰のものでもない。
その時代の流れに乗って生きるヤツら。
地球上に吹く風はいろいろなところから吹いて来る。
素晴らしいエネルギーを持って来てくれる。
この風をキャッチした時、
人生への意識は変わりポジティブな波動がやって来る。
自分の人生を決めるのは風じゃない。
自分自身で選ぶことからはじまる。
人それぞれの道があり、
自然のうちから歩きはじめている。
楽しい有意義な時間を持つことは人生を豊かにする。
笑いながら生きていたいものだね。
御供 1999/2/10

2011/01/28

ボブ・マーレー



私はボブ・マーレーのコンサートを一度見に行ったことがある。
東京渋谷の公会堂だ。
あのコンサートは私の生涯でいちばん印象に残るもの。
中央PAの脇に席を構えた私のところにシーケンと石田あゆみがやって来て、
席を代わってくれないかというのだ。
私は即座に「ノー」と答えた。
私は動かなかった。
その席は私のチケット番号だ。
それなのに動く必要があるのか、
有名人だからどうだっていうんだ。
私の信条だ。
その時の私はまだ20代はじめ、
若く何につけても興味いっぱいの頃だったのを覚えている。
あれほど強烈なコンサートは、
その後私の人生にはない。
違う意味での気に入ったものはあるが。
ボブ・マーレーの歌う歌に私は人生を重ねていた。
それ以後私は少し変わったような気がした。
1年後、ボブ・マーレーはこの世を去った。
実はあのチケットはボブ・マーレー自身からもらったもの。
今でもボブ・マーレーは私の心の中に生きている。
ボブ・マーレーのことをいつも考えられずにはいられない。
私は思う。
彼は20世紀最大のミュージシャンだ。
ボブ・マーレーほど偉大で人々の心をとらえたミュージシャンはいない。
確かにビートルズやローリング・ストーンズもすごい。
でもボブ・マーレーほどいろいろな意味で世界を変えたミュージシャンはいない。
私自身そう思っている。
ボブ・マーレーに乾杯!
御供 2000/12/22

嫉妬



私はキミのすみずみまで知り尽くして、
中心の心まで支配したい。
すべてを知って、
私ひとりのものにしてしまいたいというと考える。
それはいけないことだと思うのだが、
そうしてしまわないと私はキミのすべての動きに嫉妬してしまいそう。
人が人を支配するなんてできるわけがないが、
キミの心が変わるわけないが、
キミの心変わりが心配でならない。
心の奥の愛と裏腹の憎しみが浮き上がらないように。
嫉妬心を持たないように、
私は私自身を磨き素晴らしい人間になるべきなんだ。
そうすればキミは私のものになる。
離れている時間があってもふたりは信じ合って生きることができる。
お互いに男と女だからいろいろなことを考える。
信じ合って生きなければいけないんだ。
御供 2000/11/2

定義



できるだけ正確な散文を書くことによって詩に接近できるのか。
詩の曖昧さを打ち破った実験詩集。
日本の散文と詩との間に横たわっている曖昧な灰色の領域を、
詩体行為そのものによって深く掘り起こす。
そうすればより一層、詩の領域に近づくのかな。
定義とはいったいなんだろう。
もう一度考えてみよう。
御供 2000/11/23

自由を求めて



人は自由を求めて進み出す時、
自由に死ぬことができなくなる。
過去と未来をつなぐ役目があるとすれば、
目覚める時がそうなのさ。
目覚めは何度もやって来る。
望んだすべてを手に入れたいのさ。
愛の歌を、この詩を。
御供

2011/01/27

ボー・ブランネル



英国の伊達男ボー・ブランネルの時代から男のファッションの波は来ていない。
そう、ニュー・ロマンティックに代表させるエリマキトカゲのフリルの服。
ベルギーのアントワープにある王室御用達の国立ファッション・アカデミーでは未だにあのフリフリの服、古典から学んでいる。
かの5人衆ドレス・バン・ノッテンをはじめアントワープ出身のデザイナーが英国で人気をハクしたのも、不変のルールを知ってこそのあったのである。
現在、人気のあるはワークウエアのリーバイスやアーミー・ネイビーの軍服であり、そのアレンジだ。
質実剛健でタフであり、楽に着られ自分を表現する服とはどういうものなのか。
私に言わせれば「ルールのないそれらのタフウエアをハズして着てしまうことである」
子供時代アイビーからはじまった私の着こなしは、
そのアイビーやトラッドからなかなか抜け出ることができなかった。
しかし、旅することでT・P・Oにあった着こなしなしなどなんの意味を持たないという体験を通して変わった。
人と同じ白い車に乗り、
垣根の白い家に美しいワイフとふたりの子供に囲まれて生活する。
安定した仕事につき、
年2回の旅行という型にはまった空簡移動と正常位のSEX、
週末は美しい妻とドライマティーニ。
こんな絵に描いたような生活に飽き足らない。
洋服に関して言えば自己表現。
独自のスタイルを創り出し、
旅の途上のカフェや道ばたやバス停などで出会い友になるための手段。
ないものねだりのこの社会であまのじゃくと言われようが私を見つめる。
立ったまま夢を見ていると言われようが、
私の中に投与するものは私が決める。
ルールなんてものはない。
「女と波は待てば来る」
と、誰かが言ったが、
心の中を体いっぱいでポジティブに表現することが必要だ。
私に取って服=ファッションは自己表現。
出会いを求めている終わりのない私の旅。
ファッションは口から発せられる言葉以上に偉大なものである。
格好いいヤツが好き。
嫌いなヤツなんて誰もいないが、
地球上の人間のすべてとつき合おうとも思わない。
大都会という人間の森でファッションは重要な芸術だ。
デニス・ホッパーが以前私にレイ「川久保」の服はアートだ。
って、言ったことがある。
万人に受ける服など創ろうと思わない。
私のようなあまのじゃく相手に0、1%の人間に指示されば充分だと思ってる。
むしろ、受けない方がいい。
あきのこない隠れパンクスの気に入る服を創りたい。
私の心でじっくりと。
身を守る軍服にかなうものはない。
楽しくラクなスクールウエアにまさるものはない。
だが、人と同じじゃ嫌だ。
そこになにかが欲しい。
今はまだ探している途中だがきっと探してみせる。
そんな創造という人間の楽しみを型にしていこう。
御供 2004/11/5

レベルで



愛があれば打ち勝てる。
夢中になれるものがあれば、
そこから抜けられるんだ。
勇気も人間的な暖かみも何もかもなくなっちまうことがある。
自分がやめることを待っている人がいて思いっきりやることがあればいいのさ。
単純に言ってしまえばドラッグをやりながら、
何かをできるやつなんてほとんどいなってことさ。
やる人間は何かをやろうと夢見ているだけなんだ。
もし何かをやった人間がいたとしたら事実じゃない。
創造によって生まれる未来。
創造とはすべての根本にある。
人間を人間たらしめる価値である動じぬ未来をつくる力ですね。
すべての人は人類のレベルで考えることを学ばなければならない。
御供 2000/7/19

人と人



人生を長く生きていると人と人とのつき合いについて考える。
すべてに上手くつき合うなんてできないと思うし、
本当に人と人のつき合いは難しい。
ちょっとしたことがきっかけでつき合いを中断してしまうこともある。
今日私は昔からの友人グレムに会った。
短くはあるけれどとてもいい時間が持てた。
この都会でなんとなく知り合い。
生まれもやっていることも何もかも違う。
友人グレムとたまに会いお互いの意見を語り合う。
今度はグレムが育ったニュージーランドに行きたいと話したら、
絶対いいよ。
「自然が多くのインスピレーションをくれるに違いない」
ビートルズのジョージ・ハリソンが57歳という若さで癌で亡くなった、
それが残念でならない。
私はビートルズのビデオと最近やった雑誌をお土産に持っていき、
グレムはいろいろなパーティの写真を見せてくれた。
そして私に気を使いいろいろと持たせてくれた。
年に二三度しか会わないけれど、
グレムの存在は私にとっていい刺激になる。
いいヒントになる。
何でもひとりでやってしまうグレム。
レイブ・パーティを中心に自分の道を歩いているグレム。
とても興味ある生き方だ。
何はともあれ、
今日の50分は私にとってとても人生にとっていい時間。
ホッとしたやら、もっと頑張らなくちゃと思ったね。
グレムは根っからのオリジナル・ライフを送っている。
ニュージーランドを飛び出してもう20年あまりもアジアで暮らしている。
グレムに会うとヒッピーの心を再確認することができる。
生き方がそれに根ずいているからだ。
グレムも私に会うことでいろいろな悩みを打ち明けられたに違いない。
私がそうであるように。
こんな友がいることがうれしい。
たまに会ってもお互いを確認できるのがいい。
人と人はとてもおかしなもので、
この地球上には90億人近くの人がいるのに、
その中で知り合うなんてすごい確率だ。
星たちは同じように輝き、
雨もまた降る。
でも人と人の出会いには不思議なものがある。
こうして私は人に出会う。
うれしき未来を夢見て。
御供  2001/12/10

2011/01/20

大通り



徒歩で心も軽く。
私は大通りに魅きつけられる。
健康で自由、世界は私の前にある。
生まれたままの混じりけのない瞬間から、
長年私は探して来たのに未だ見つからない。
探しても探せないもの。
幸せの味もしらない。
甘い愛撫もしらない。
それでも笑うさ、誰らが助けてくれる。
俺に何が残されている。
もう俺にかまわないでくれ。
御供 1997/10/1

弧独



東京でも何か変わりはしませんでしたか。
そしてカルフォルニアでは人は生まれつき孤独なのですから。
私は真の孤独な旅人です。
私は今、孤独の中に生きています。
若者には苦痛だが、
成熟した人間にとっては甘美な孤独の中に。
偉大な世界と呼ばれる騒々しい世界には、
しだいに興味を失い。
世捨て人になっていったのです。
御供 

寝てしまった



起きようにも起きられない。
胃が痛んで自分の体が自分の体でないみたいだ。
ベットに横になっていても苦しい。
いったいどうしたんだろう。
いったいどうしたらいいんだろう。
やわらかい神経というものを私をおそう。
私自身どうしようもないことなんだ。
自分で自分の体がわからない。
この痛みはどうしてなのか。
私が悪いことをしたんだったら直すから。
眠れない。
眠れないことはとても厳しい。
うつらうつらしてきた今がいれしい。
もう少し頑張って体の痛みを抑えて眠ろう。
御供 2001/3/18

心ゆくまで生きて



どうせ生きるなら、
思いっきり生きたい。
好きな仕事で飛び回って精一杯やりたい。
はたして今私は何をいちばんやりたいのだろうか。
それは旅という漠然としたもの以外、
何の目的なものなのか?
はっきりしない。
人のために生きると言葉どおりに生きているはずなのに、
何故か日常からずれてしまう日常がある。
きっかけさえつかめない。
つかえば上手くいくと信じている。
ちょっとした誘惑に惑わされる。
愛することを知り、
愛されることを与えられているのか。
私はいつも無の状態からはじまり、
今もずっと同じ状態が続いている。
人間の欲望に振り回されてばかりではないのか。
自分の目的をはっきりさせて10年後を考えたい。
私はいつも心ゆくまで生きているのか。
御供 2000/12/14

旅には



旅には書くネタがたくさんあったし、
動いているのが大好きなんだ。
人はみな旅が嫌いじゃない。
詩を書くには日常の移動こそ、
もっとも思考を増やすものだ。
いつ、どこで、なにしてたか書くことだけで面白いネタになる。
その国で感じたこと。
見たことを記録しておけば、
時代がはっきり見えて来る。
どんな愚かな者だろうが簡単にできることなのさ。
とくに優れた者でなくてもね。
心に来たこととか、出会いとか、
いつもとは違った感情でふつふつと沸き上がってくるのが普通だね。
旅こそ本当の教育だし、
旅は若さの源だ。
荷物を簡素化して想い出と体験をバッグに入れて行ってみる。
新しい友へのお土産を大切に。
ないものねだりのこの世の中で、
新しいワクワクする気分が最高の高揚。
心の目を大きく開いて進んでみよう。
御供 1998/2/27

聞こえるか



地球の鼓動が聞こえるか。
ちょっと沈黙してみよう。
少しの間でいいから黙ってみないか。
新聞も雑誌も、
ラジオもテレビの音も、
そして、詩人の声も。
そっとしてないと聞こえない音。
人それぞれに聞こえる音は違うという。
草木のこすれる音や、
川の流れの音。
そして、海の波の音。
聞こえるか?
地球の音が、聞くことができるか?
いつも空に隠れているあたりから。
そっとしてないと聞こえないよ。
心の耳で聞かなければ聞こえない。
この地球の音を聞くことは、
月の石を見ることよりはるかに難しい。
時間の流れが過ぎても全員が聞けるというわけじゃない。
時には瞬時に聞くこともあれば、
美しいものを目にした感動が心の耳を開くかもしれない。
たいがいの時は旅に出て大地の上に立った時に聞くことができるだろう。
何も持たない、
旅の途上で聞くことができる地球の声。
大地の上に眠り、
自然とともに生きた時に地球の音が聞こえる。
人間が地球に耳を傾けた時、
いつもの地球の音が聞こえるだろう。
さあ、地球の声を聞いて未来をあたためよう。
人間のこれからの楽しみは何か?
御供 2000/11/2

2011/01/17

心から


生きている時間は二度と戻ってこない。
今は今でしかない。
一生なんて短いものさ。
誰かが言っていたけど、
時間の使い方に問題がある。
どう使おうが自由だが、
できるものならカタチあるものに残したい。
充実した時間にしたい。
今を生きていると感じたい。
何かに向かって生き、
何かの明日を達成したい。
心の中を読み取りたい。
心から願うものを見つけたい。
ただ安易に生きてるなんてしたくない。
こんなことを考えるようになったのはいつの頃からだろう。
もっとがむしゃらに生きていたはずだ。
心からも考えることをしないで、
ただ疲れて眠るだけ。
心からなんて思わなかった。
すぐに行動をとっていて、
ひとりになることなんてなかった。
動き続けていたような気がする。
心からなんて思うようになったのはいつの頃からだろう。
体だけが先行して心はいつも後からついて来た。
心が先行するようになったのは何か意味があるのかな。
少し考えてわかった。
悩んでいるんだ。
悩むと心からはじまるんだ。
これはいいことなのかな。
心からはじまっていくこと。
時間があるってことなのかな。
でももっとを望む。
心だけじゃ終わらない。
行動にこそ意味がある。
そう思ってやらなくちゃ。
心の動きを考えてみよう。
つかむどころかない心の中。
旅をしていると楽なんだ。
なんて言うか、新しい発見がつねにあるからね。
御供 2001/8/18

旅の途上では


旅のひとりは無言である。
土地土地の人に出会うと、
こちらから声をかけてしまうほど無言である。
そしてこうして旅をしていると、
私は私のことをどう思っているのか問いかける。
無言の中心にいるのに言葉は邪魔なんだ。
無言がつづくと頭の中は明晰になり、
自分は世界の諸問題について問いかける。
どうしたら平和はおとずれるのだろうか。
平和なんてどこにもないのさ。
天国はない。
ただ青い空と、
青い海があるだけ。
国境もない。
旅の途上でいつも考えることは、
どこにいても同じように星が見え、
空気を吸っているということ。
人間の生活に違いはあっても、
幸せや笑いはとてもいいもの。
心を開いて飛び込んでいこう。
土地の人々と語り合い。
いくつもの未解決な問題をつんでいこう。
心を開いて楽しくやろう。
そうすれば素晴らしい精神が築かれるであろう。
御供 2001/12/22

東京


東京はまったく狂っちまったのかな。
つける薬がないなんて。
政治はこっけいな言葉を発しているし、
経済は銀行家と彼らが談合してる。
天気は異常気象。
TVで放送するサッカーは利権がからみドォーピング。
企業や役人が審判までも圧してる。
どこにドラマがあるというのだ。
クローン牛。
ダイオキシンの発生。
気分の悪くなるニュースばかりを報じてる。
ニッコリ笑える報道はないものか。
恵比寿は再開発で若い女の子が溢れ、
歌舞伎町には韓国人やコロンビア人、中国人が、
通りごとに店を構えている。
まるで東京でないみたい。
模刻スタイルの夜の繁華街、どんなっている。
何が救いだというのだ。
アートという創造者はおもちゃのように扱われ、
人間性など無視されている。
みんなが白いセダンの車に乗る。
個性をなくしたなんて、生きることを放棄したようなものじゃないか。
朝起きて上手いコーヒーを飲み。
一日の仕事に向かう。
社会に反抗しているヤツばかりがゴロゴロいる。
暴力を行使する。
こんな非人間的なことでどうする。
原子エネルギーが危ないことも知らされずに、
浪費に加担する電気メーカーと商社。
街には有り余るほどのモノが反乱し、
このモノを手に入れることでストレスを解消している。
100円だって50円だって、すぐに消えてしまうものに使うなんて。
馬鹿げてる。無駄だ。
コンサートが高すぎる。
木が高すぎる。
シアターの入場券が高すぎる。
楽しむためには金がいる。
一万円なんてあっという間、すぐに消えちまう。
御供 1998/3/10

突然


比べれば本当にわかるのかな。
やっぱりさわってみないとわからないね。
新しい心のはじまりは、
時として突然やって来る。
それは旅でありDRUGSであり、
人間であったりする。
新しい街。
新しい友。
この出会いこそが心の奥底まで連れて行ってくれる。
御供 1998/2/28

聖なる野蛮人


ビートニクたちの声の鼓動は、
ヒップ・スターであるボブ・ディランの心臓を震わせた。
更にディランの歌はエロス文明の種として世界中にひろがった。
様々な意味において退廃を極めた80年代のおわりとともに、
今また言葉の時代に突入した。
詩人たちの生々しい言葉はどのように発せられるのか。
再びめぐって来た言葉の季節。
ただなかで、
しばし、詩人たちのなにげな言葉に身をゆだねてみよう。
御供 1998/12/27

青春


青春なんてものはまやかしに過ぎない。
マスコミのでっち上げたまったくのまやかしだ。
人生の最も美しい時代だって、
とんでもない。
体験のある大人のほうが、
ぼくにはいつだってずっと満ち足りているような印象を与える。
青春というヤツは人生でいちばん厄介な時代だ。
それが証拠に自慰は高年になるとほとんどといっていいくらい、
起こらないではないか。
人間は生まれた時から死に向かって歩いている。
人生で青春と老人の間には、
明白な境界線を引くことができると思う。
青春はエゴイズムとともに終わり。
老人は自分以外の人たちのための生活とともにはじまるのだ。
若い人が生活に悩み苦しむのは、
彼らが自分ひとりのために生きているからだ。
だからあらゆる願望と思いつきが大切なのだ。
あらゆる道は楽しみのためにある。
御供 1998/2/14

2011/01/16

いつものように


いつものようにキメて街をさまよい歩く。
ふるさとを持たない風のように。
あの山を越えて、
あの海を越えて、
丸い地球を旅をする。
心に決めた目的を、
無いものねだり人生で何かにとことん同行してみる。
思いを込めて、
時間を使ってなんだっていい。
いつも心に太陽を抱いてエンジェルに引かれて!
新しい街に入って行くときがワクワクする。
地球の上を歩いていたい。
御供 2001/2/24

ようこそ


出会いはいつも突然やって来る。
ここで会えたなんて、
なんて不思議なんだろう。
でもきっと会うべきして会ったんだ。
そう決められてタイミングがそうさせたんだ。
人間の出会いは人生で大切なもの。
類は友を呼びというが、
自分が考えていることはかならず誰かも考えている。
そしてその一本の道の上で出会う。
ようこそこちら側へ。
この地球には70億人もの人間がいて、
出会うなんてとても不思議で確率の低いものだ。
だけど同じ思考回路の中にいれば、
会うべきして会うものなんだ。
今日も少しでも多くの愛せる友を探して旅をする。
御供 2011/1/9

ギャラリーめぐり


アートという人間の楽しみを見つけにギャラリーに行く。
創造のパワーをもらいたくて、
ゆっくりと鑑賞する。
人間の心のはしが見え隠れする。
この世界じゃない。
いちばんエキサイティングなのはもっと違うどこかだ。
ピンとくるものがない。
きれいな空間にちょこんと飾られているものをみると、
不安になる。
あっという間に多くの作品を見ると時間が過ぎる。
これでいいのか。
みんなもそう考えているよ。
ジョークを言って笑い転げよう。
笑いに罪はないから。
まともにはいきやしない。
ギャラリーに行ってわかったことは人間がマシーン化している。
やはり違うアートが欲しくなる。
好き嫌いはみな違う。
素直になるべきなんだ。
直すべきことは個性じゃない。
街の巨大なギャラリーだ。
御供 2002/6/28

ブルックリン


ダンボをまわり、
デリで買い物をしてATMでドルをおろしてアパートに帰る。
あたりをキョロキョロして位置を確かめる。
見慣れた風景が飛び込んで来てアパートが近くなったことを知る。
ひとときのドライブ。
するといつものアパートでも新しく見える。
雨に降られたせいかまわりがピカピカして見える。
目を凝らしてじっと見る。
心も静まり、
沈黙の中に平和を感じる。
人間は目の前の時間と風景に心動かされるのか。
落ちついて楽しもう。
御供 2002/6/28

人の中で


街では人と人のつながりを無視して生きていくなんてできやしない。
人恋しくて、
人に喜んでもらおうといろいろなことにトライする。
そんなものに夢中になる。
ないものねだりのこの世の中で喜んでもらえるものを探す。
時間がいちばん大切だと思うようになる。
今このときをどう有意義に使おうか?
そんなときをつかめずにいるのが歯がゆい。
つかもうとしてもつかめないもの。
何故かわからず、
詩を書いている。
こうやって詩を書くことがつかむことにつながったらいいな。
時空を遊ぶ唯一の方法なのかも。
創り出す意欲が何かのカタチにして安心する。
世の中の問題に頭を持ち上げるほど余裕がある人間は少ない。
食べることに精一杯。
人間は何を継ぎに問題においたのか?
人を喜ばせる。やつら儀を与えられる。
人間が人間をかえることなんて、
でも自分からかわることだったらできると思うんだ。
賢明な人間は何を残そうとしたのか?
テクノロジーが与えたものは?
これほどまでに進化していく人間の生活の中で、
人間の心は置き去りにはされていないか。
人それぞれの中にある楽しみは何なのか。
自分自身に問いかけてみる。
人の中で自分のいる位置を確認する。
生きていることを再確認する。
そのためにも自分探しの旅に出る。
人とのつながりをもう一度確認するために!
御供 1998/8/10

問いかけ


社会で迷える子羊として生きている。
詩を書くのも散文を書くのも、
自分自身に問いかけているだけ。
わかり合える人に伝えたい。
俺の真実がそこにあるのは確かだ。
未来のビジョンを予言することなんてできやしない。
今の社会に根ずいている汚れを、
少しだけきれいにしたいだけなんだ。
スピュリチュアルな種子を育てたいだけ。
ジャック・ケルアックが書き続けたように。
アメリカ大陸を放浪し、
土地土地の人と会話する。
助け合い種子を運ぶ。
血管の中を流れる血になりたい。
アメリカに芽生えた新しい意識を彼は書いた。
だいたい言葉なんかで人生を表現できるものじゃない、
と誰もが考えていたことをもう一度問いかけたい。
言葉なんて不器用な道具さ。
簡単に人生が説明できるものでもない。
でも書きたいから書いている。
それでいいじゃないか。
産業的で物質的主義敵な社会から離脱することは勇気のいることさ。
日本では落ちこぼれと言われてる。
それに問いかけて書いているだけかもしれない。
御供 1998/8/4

夜明け


都会の夜明けと山の夜明けはまるで違う。
山では生き物たちは夜明けを待ち焦がれて、
行動を開始する。
鳥が鳴き、
虫がうめき。
獣があたりを見回す。
だが街では夜明けは休息の世界だ。
朝陽がビルの谷間から長い影を落としている。
道路を歩く人の姿は少ない。
車だけが行き交っている。
そこに生命の営みは感じない。
たくさんはまだ眠っている。
エネルギーの前兆は感じられない。
たまに歩いているのはお年寄りの姿だ。
夜明けの街には不思議な空しさが感じられる。
夜明けが終わりと定めた人生の人も大勢いる。
夜通し働き続けている人の姿は都会でしか見られない。
同じこの時間に山では一日のはじまりとする。
どちらにしても激しく動く時間ではない。
24時間真の静寂が訪れることのない都会。
かならず暗くなると静寂がくる山。
夜明けはどこもちがうものだがはじまりがある。
御供  2011/1/10

放浪詩人


さすらう人の気持ちを持って、
風と友だちの放浪詩人。
旅の途上でそこに住む人たちと会話する。
軒下を借りて休息する。
自然の一部だと考えて、
定食も定住もしない。
右手にギター・ケース、
左手にボストン・バッグ。
あるときはヒッチハイク。
あるときは列車に飛び乗る。
旅こそが彼らの生き方。
カール・サンドバックやウディ・ガスリーたちフォーク・シンガーも、
放浪詩人に違いない。
アメリカを放浪しながら、
その場で詩を書いてギターで歌う。
自由気ままに生活する。
社会というものから遠ざかり、
自分自身のリズムで人生を送る。
東から西へ、
北から南へと。
アメリカ中を渡り歩く。
これこそがアメリカの社会事情をいち早くキャッチした時代。
不況時代のアメリカをテーマに曲を書き、
保守的なアメリカを判断する。
もっと人間らしい暮らしを提案するものだった。
放浪詩人はいつの時代も夢想する人間。
普通の人よりも早く世の中の出来事に反能する。
これからの世界について語り、
人間愛について考える。
愛する心を持って何にでも接し、
どの人間にも興味を持ちながら生きる。
放浪を楽しんで、
自ら好んだ放浪に満足する。
そして詩を書きつづける。
同じ人間なのに当時はすでに大きく目を開いていた。
少なからず興味を引くものに出会い。
いくつもの疑問を歌詞の中に問いかけ発見する。
旅で出会ったことをそのままの状態を言葉にして詩を書く。
自由と愛をポケットに入れて、
放浪詩人は今日もさまよう。
御供  1998/10/7

東京へ


NYから一時東京へ帰って来た。
12時間の飛行機の移動がうそのように感じる。
昨日までのあの異国での生活は今の東京では考えられない。
私の人生の中でこれほど現実にふたつの国を移動したことがない。
ウイリアムズバーグには生活のためのもものが残っている。
アパートもそのままで空気の流れや、
街の臭いも風景も目を閉じると見える。
でも今は東京にいる。
ちょっとバイクで乗り出せば慣れた町並みが私を現実に引き戻す。
こんな空間移動は今までになかった。
世界はなんと狭くなったものか。
あの若くエネルギッシュな街から、
見慣れた住み慣れた東京へ。
いきなり飛び込んでもその時間は同じもの。
私はこの東京で長く住み、
NYブルックリンのウイリアムズバーグに仕事に行く。
なんと楽しい地球の中。
この空間移動を繰り返すと面白い。
既視感に襲われる。
人間というものはどこにいても変わらないけど、
興味のあるところ好きなところに行くべきなんだ。
人間はリフレッシュされ、
エネルギッシュになる。
「心ゆくまで走らせてエネルギーを入れるのは、角度を変えた旅の途上」
こんな言葉が空気の流れによって耳の中に入って来る。
何があってもおかしくないこの世の中で、
人間がいきいきと生きるには住む場所を変えることも大切だ。
旅の途上でいることはいいことだと思わないか。
動くことによって気分も変わるし、
やる気も出てくる。
エネルギーが爆発する。
いろいろな人と出会うこともできる。
いろいろなことにも気づく。
私は今回のこの体験によってかなり思考回路を変えることができた。
人間の意識や既成概念というものは打ち破ることは難しい。
私の固定された概念はこの移動で変わるだろう。
御供  2002/5/29

2011/01/15

機上にてパート2


   
食事がすんで消灯されると、
密室は暗くなる。
息の音が聞こえるだけ。
隣にいるはずの綺麗な女の人がいるはずの席も見えない。
通路側をミニ・スカートを履いた女性が飲み物を運んで来てくれた。
白く延びたスラッとした足は挑発的。
綺麗な彼女はまばゆいくらいに輝いている。
どうやら一枚脱いでノースリーブになったようだ。
ちょっと黒っぽいエキゾチックな顔をしている。
とても高貴でしぐさが様になる女性だな。
私が見ているのを少しは意識しているのかな。
NYへ何をしに行くのかな。
歳はいくつくらいかな。
どんなSEXをするんだろう。
とてもスタイルのいい子だな。
真っすぐ延びた足は素敵だ。
なんて言ったらいいんだろう。
心のマドンナとでも言っておこう。
肩まで延びたストレート・ヘア。
ちらっと見える黒のブラジャー。
胸のでっぱりも素晴らしい。
下を向いて雑誌を読んでいるけど何を読んでいるのかな。
鼻をさすって髪の毛をあげるしぐさがかわいい。
光っていてとてもまぶしい。
彼女はきっと意識している。
だって大きく見開いた目がこっちをうかがっている。
でもどうすることもできない。
話すことさえできない。
アクションはなしさ、
そっとまぶたの奥にしまっておくんだ。
横顔が笑いかけるまで。
心にしまって想い出に包んでおこう。
 御供 2002/6/25

自転車


   
自分は街のどこかに立てかけられた自転車の一台と同じだ。
ただの景色でしかない。
これが掟なのか?
この空しさ、
この寂しさに向き合えなければ街では生きていけない。
どこへも行くことのできない自転車。
目に見える人々はどんなに強い人々なんだろう。
違う。
街であろうと山であろうとどこで暮らしていても、
人は心に空しさや寂しさを抱いている。
生きていくのはそれらと折り合いをつけること。
どこに居たって毎日がバラ色なんてない。
今笑って目の前を通り過ぎた人も先日までは、
空しさと寂しさを抱いていたかもしれない。
だけど今は笑っている。
ひとりそう感じる時、
同じことを感じている人もいるんだ。
同じ時間にかならずどこかの街角に立ちかけられた自転車がある。
どこかでそう感じている。
 御供 2011/1/10

角度を変える


   
豊かなやさしい考えを持った人間に出会うと嬉しくなる。
素晴らしい音楽を聴いたようなさわやかな気持ちになる。
人間がいちばん角度を変えてくれるんだと気づく。
空が壮快だったら申し分ない。
やさしい感性を持った人間は人を喜ばせてくれるもんだ。
 御供 1998/8/4

2011/01/10

僕は詩を書く


僕は自由に呼吸したいから詩を書く。
素直な心で語りたいから詩を書く。
きれいな空気を吸いたいから詩を書く。
弱い者に味方したいから詩を書く。
何故って書きたいから詩を書くのさ。
それ以上考えたこともない。
自分の思考をはっきりさせたいから詩を書く。
何故って、苦しみ悲しみ、
その後の楽しみを知っているから詩を書く。
他人の考えがわからないから詩を書く。
頭が混乱しているから詩を書く。
何故って、詩は思考を明らかにしてくれるから詩を書く。
パラノイアを癒してくれるから詩を書く。
何故って、SEXや政治やDRUGS、
宗教の教えがそうさせるから詩を書く。
瞑想に従う精神がさまようから詩を書く。
正確な映像を記憶に残したいから詩を書く。
この宇宙は夢の産物、
それを生むために詩を書く。
接近する知覚が同じだから詩を書く。
詩を書く巨大なひらめきを感じるから詩を書く。
空虚を感じるから詩を書く。
光が見えるから詩を書く。
僕は詩を書く。
この詩を書くことを楽しんでいるだけさ。
それで充分だろ!
御供 1998/10/18

2011/01/09

夜、、、そして夜


飛行機に揺られていると時間変更線を、
一日に2度も3度も通り過ぎる。
夜は来ない。
東京からSFへ、
SFからNYへ。
17時間のフライトに夜はなかなかこない。
地球の上を旅しただけでこうなんだ。
J・テーラーが歌った。
「夜はまだ若い」
夜はまだこない。
創造に爆発している時、
芸術家に夜はいつも若く、まだこない。
人間のサイクルを打ち破り、
いろいろなものが変わっていくようだ。
いつものように普通に夜はまだこない。
スティルス ツー ヤング。
時間の流れに逆らっているようだ。
概念におさらばしても夜はまだ若い。
意識が変わる感じがする。
その時間の壁を破る時、
自分は本当に変わるだろう。
御供 2002/6/25

新しい日


明日から始まる日に、
これからの一日にはじめましてを言おう。
知らないうちに進んでいる時間にこんにちは。
人生はそんなに長くはないのだから。
自分の一生に力強いオーラを。
嵐が去って、
雨が降っても、
風が吹いても、
確かな声が聞こえるだろう。
真実の目を持って動いていたら、
きっと呼び込むに違いない。
心なしか激しくなった風も音も消え、
ささやきかけるような一日が訪れる。
人間の生と死をかけて、
天国への階段を昇ろう。
心の声を上げて歌おう。
人はみな同じだとわかっているから。
やさしさの中にゆったりとした新しい日をつくろう。
心の声は彼方に響き、
輪となって届くだろう。
声を信じてひとつの声を聞くことに集中する。
仲良しの声を集めてみよう。
人間はみな同じじゃない。
選ばれし道を歩くんだ。
命をかけて足踏みならして地球を歩く。
丸い地球を転げ落ちないように。
しっかりと自由と平和を求めて!
御供 2002/6/28

機上にて


SFからJFKに向かう機上にて書いている。
体調はとてもいい。
CHIKAが持たせてくれた寿司セットを食べて、
ミルクコーヒーも飲んだ。
胃の方の痛みも少しおさまっている。
SFまでの道のりはどうなることかと心配だった。
天気とともに体調も回復したようだ。
タバコを吸いたくなったところをみるとよほどよくなった。
これまでの旅でこれほどまでに体のことを気にしたことはない。
空港で保険に入ったくらいだから。
NYと東京を2ヶ月の間に3回も行き来している。
どうにかなってもおかしくない。
自分を痛めつけているわけじゃない。
動き続ける今があってもいいと思う。
どんな時だって物事を悲観的に考えたりしない。
動いて必要な空気をキャッチする。
クリエイティブな空気を手に入れる。
それを機上にて考えている。
ひとつの飛行機に乗り合わせた偶然から出会う出会いもある。
一生つき合う友になることだってある。
ああ例の偶然の出会いというわけさ。
機上にて知り合って人生を共に生きることもある。
本当にわからないものさ。
だから人生は面白い。
御供 2002/6/18

美しい地球


この物質社会の時代に生きている。
地球エネルギーは争いや権力によって、
経済だけが主張する。
世界を片目でにらみ、
大きなメッセージを送りたい。
私たちが待っているのは、
インドネシアに起こったツナミのような災害の波ではない。
もっと優雅に乗れるチューブのような波である。
サーファーたちが待ちわびる。
都会にも大きな波がかならず来る。
自然の摂理はかならず聖なる風によって運ばれてくる。
私たちの住むこの美しい地球は、
青く青く輝いている。
御供  2005/1/18

落ちつく


何処へ行っても同じだけど、
ここに来ると落ちつく。
そりぁ、最悪のこともあったさ、
でも落ちつく。
心に触れること。
自分の行動の中に自分を見つけ、
時間を気にしないで思いっきり遊んでみる。
ばか騒ぎの後に静けさが訪れる。
恋い焦がれていた時間。
待ちわびていた時間。
ただこうしてひとりノートに何かを書いている、
すると落ちつく。
無我夢中でやっていた時のことを考えて立ち止まり、
まわりに目をやればホッとする。
落ちつく。
御供

2011/01/08

アレン・ギンズバーグ


「僕は人間的でないどんなものにも支配されたくない。意識を拡大しようとする道徳的義務感にも縛られたくない。心のあるがままに僕は生きたい」
アレンはスピリチュルなものを探す人間の究極のゴール。
また心の尊厳を求める態度を示す言葉。
「偽善と尊さ。俗っぽく下品なアメリカ」
彼らにとってドラッグはあくまでもそうした精神の旅への、
自分を駆るための手段であった。
決して目的ではない。
「永遠の心の輝き。そいつを胸に抱けばキミは雪山のように静かでピュアでいられるはず、いやそれよりもっと高く」
不滅のやさしさと裸の真実をビートしつづけた天使たちは、
たくさんの詩と歌と物語を残して遠い世界に旅立っていった。
そして後に残されたたくさんのハート・ビートは、
そのときめきの向こうに間違いない。
道はどこまでもつづくのだ。
ビート・ゴーズ・オン!
御供