ふたりがのんだコーヒ茶碗が
小さな卓のうへにのせきれない。
友と、僕とは
その卓にむかひあふ。
友と、僕も、しやべらない。
人生について、詩について、
もううんざり話したあとだ。
しやべることのつきせぬたのしさ。
夕だろうと夜更けだろうと
僕らは、一向にかまわない。
友は壁の絵ビラをながめ
僕は旅のおもひにふける。
人が幸福ととべる時間は
こんなかんばしい空虚のことだ。
コーヒが肌から、シャツに
黄ろくしみでるといふ友は
「もう一杯づつ
熱いのをください」と
こつちみている娘さんに
二本の指を立ててみせた。
金子光晴詩集『思潮社』
PS:明日6月30日が誕生日の金子光晴さんへ
御供 2014/6/29