2014/06/29

山之口貘君に



ふたりがのんだコーヒ茶碗が
小さな卓のうへにのせきれない。
友と、僕とは
その卓にむかひあふ。

友と、僕も、しやべらない。
人生について、詩について、
もううんざり話したあとだ。
しやべることのつきせぬたのしさ。

夕だろうと夜更けだろうと
僕らは、一向にかまわない。
友は壁の絵ビラをながめ
僕は旅のおもひにふける。

人が幸福ととべる時間は
こんなかんばしい空虚のことだ。
コーヒが肌から、シャツに
黄ろくしみでるといふ友は
「もう一杯づつ
熱いのをください」と
こつちみている娘さんに
二本の指を立ててみせた。
   金子光晴詩集『思潮社』
PS:明日6月30日が誕生日の金子光晴さんへ
  御供  2014/6/29

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