2010/11/17

私の詩に出会うあなたへ


私が詩を書きはじめたのは多分10歳の頃からだと記憶している。
だが、20代から30代の前半は詩よりも雑誌の文字と遊んでいた。
今までにどのくらいの詩を書いたか定かではない。
ここに記録している詩が1200を超えて、
未だ800あまり残っている。
この2000はここ20年の詩である。
詩の最後に1998年から始まっていることからわかるのだが、
それ以前に書かれた10年の詩が抜けている。
精力的に書いた10年間の奇跡が残っていないのである。
探しても探しても見つからないのである。
20年に2000とすればあと1000はあるはずなのだが失われてしまった。
それはそれでいい。
パッションが絶好調の時に書いた詩がない。
見つからないことを惜しんでも仕方ないと決めている。
いつかその詩が出てきたらラッキーくらいに考えられるようになった。
1000もの私の詩が風の彼方に消えたことも何かの意味があるのではないか?
驚くほど膨大な数の詩を前にしている。
しかも似たり寄ったりの詩であることは確かだ。
風がささやいたのをこの間聞いたのであるが、
ひとりの詩人が一生のうちに言えるのはひとつかふたつ多くて三つであるという。
同じような言葉を操ってゲームをしているのが楽しいのだ。
私の詩の本質が変わったらそれは私の詩ではない。
私の詩は私が生きてきた証しなのである。
いわば私がこの時代を生きたこと、
そうして私が雑誌の原稿で文字と遊んだのとまったく違う次元。
いわば私がこの時代を生きた告白だ。
未熟な私の文字を修正することも、隠蔽してはずがしがることもないのだ。
告白として私のルールをいつわりなくそのまま書いたもの。
無知の私の少ないボキャブリーを繰り返し、
書きたい時に書きたいままに書いたもの。
言葉のゲームでいつも負け、勝ったことのない私の平凡な言葉。
出来の悪い韻やしまりのないリズムかもしれないが、
今私たちが生きているこの美しい惑星地球の様々な問題に対しての意見。
欠陥や山ほど抱えた未解決な問題を否定するのではなく、
肯定の営みとしてとらえ、楽天的な馬鹿な私の意見を書いている。
書きたいから書いている。
試行錯誤するたびに一定のレベルの成熟。
あるいはまた倦怠さえ必要であることを書いている。
難しいことはわからないが無関心さえ必要であると書いている。
今も書いていて私は思い知らされた。
書くだけ書いて横を向いているだけだと思い知らされた。
そして私は未だそこまで達していない。
こうして書くこと以外できないのだ。
おそらくもう少し書き続けて出発点に立てることも自覚した。
いつまで書き続けていられるかだけはわかっている。
私が空気を吸って生きているかぎり、
一日も書かさず書いているだろう。
もしこんなくだらない詩でも目にしてくれたり、
聞いてくれたらうれしい。
そんな機会があなたにあったら聞くだけ聞いて、
すぐに記憶から消してもいい。
笑ってやって忘れて欲しい。
御供 2010/11/17
PS:LIGHTS&MUSICのポエトリーを前にして書きました。

2010/11/15

hotaka party


朝2時レンタカーを予約して、
仮眠をとってから交通渋滞をさけようと、
朝型出発しようと考えた。
しかし、友人からの電話で起きたのは3時。
結局4時にレンタカーを借りに行って出発は4時半。
下北沢まわりで5時半から6時くらいに東京を出た。
関超高速で沼田インターまで126キロ。
ルート124号を尾瀬方面に向かって9時半くらいには、
パーティの会場についたのだがそこからが大変。
友人2人は先にテントを張りに荷物を持って先発隊としてリストに乗った。
私たちもすぐに向かおうと思ったのだがあまりにも駐車上が混んでいた。
時間差を試みた。
思い立って会場まで行くバスに並んでみると驚くほどの混みよう。
しばらく列に並ぶと雨が降ってきて、
もう我慢できず雨やどり。
それがはじまりでバスに乗ったのが夕方5時半。
もう雨に打たれるは立ち続け。
おまけに坂道を歩かされるはでリストに並んだ時にはリストは終了。
レストハウスでバスを待っている今がある。
夜9時半未だにバスを待っている。
御供  2001/8/11

LSD・25


それぞれの肉体で神が踊る。
死の忘却。
新しい花々が開く。
万物の微笑の中の百万の象。
神聖なるひとみが幻影を見やる。
私は華やかな造物主を見る。
世界のために讃歌が高調する。
旗やのぼりが絶対境に響く。
永遠の中の無数のひとみにひとつのイメージが残る。
これが業だ。
これが理解というものだ。
これが人間の理解というものだ。
個人によってかなり違うものではあるが?
御供 2000/9/30

ひとりの朝を迎える


こうやって時間を過ごして夜がふけるのを忘れて何かに夢中になる。
突然暗闇がブルーの世界へ変わり、
朝がやって来る。
ひとりだけの朝が来る。
この朝はいろいろな自然現象を見ることになる。
都会に生活して知らなかったところを見ることになる。
朝はとても静かで、
何かが動き出す予兆の中に立ったままが多い。
ひとりの朝はとても寂しい。
だって、誰も話すヤツがいなくて、
ひとりの創作の世界は誰にも伝わらずにあるから。
朝が来る焦りにも似たもの。
このまま夜が続けばいい。
闇の中に身を置くと、
落ち着いた気分で集中できる。
しかし、朝を迎えると何故か寂しい気分になる。
私だけだろうか。
御供 2000/8/21

バロウズ


メソードはもっとも純粋な肉となるべきだ。
そしていかなるシンボリックな装いもせず。
真の幻想とその時経験したように幻想は示された。
すばらしい記述とともに、
ぴったりと照合する。
裸のランチはわれわれにとっては自然なもの。
われわれは実存のサンドウッチを食う。
だが、レタスにすぎない狂気をかくすな。
御供

パンク


パンクの歌詞には「啓示」、
すなわち危機と突然の変化についての言い古された表現が反乱していた。
パンクは混じり合った出来事である。
「レゲエ」と「ロック」の極端に異なる二種の言葉が、
不器用に安全に合流していた。
パンクはいつも矛盾してぶつかっている。
パンクバンドは概して年が若く、
プロレタリア意識が強く文学についてほとんど無知のまっただなかだ。
しかしよかれ悪かれパンクの美学の中にも文学的なものが、
ある意味で根源的にきざみ込まれた。
御供 2000/10/15