2010/11/15

下山


山を下りる段階になって、
すがすがしいやさしい気持ちになれた。
こんなところにも都会から来たいろいろな人間がいる。
その心の中が人間や他の自然などの風景を変える。
気持ちいいものすべてに触れ合いたい。
人間自身の心の中もよく見える。
ここでどういう風に楽しむか?
やさしい気持ちで。
今考えるとあのHOTAKA PARTYに行ったことは、
私にとって大きな意味を持つだろう。
夏の暑い中、あそこまで行ったということは何かに興味を持ち、
行動した結果雨に打たれ、たくさん歩かされ待ったということ。
忍耐ということを養うことになった。
私がアソコまで行ったのはレイブの音を聞くためでも踊るためでもない。
そこに集まる何千という人たちに引かれたのだと思う。
そして行ってみてアソコにあれだけのたくさん若者が集った。
何日かという時間を共に過ごすということの意味。
何かを引き金に人は行動し集まり、楽しむ。
そして人と人が知り合う。
これからの人生を共に過ごすことになる出会いがあるかも。
あの共有した時間はやはり無駄ではなかったであろう。
今痛感している。
これだけの同じような人間がいるということ。
まわりを見渡せば、
それぞれに色とりどりのファッションをして着飾り、
レイブパーティという音と踊りの祭典に集まったという事実。
目と耳と体で味わったのだから。
人が集まるときそこにたくさんの意識が生まれる。
知らぬ人間同士が過ごすということの難しさ。
自分の世界でしか生きていない私にとっていい勉強になった。
これは確かなこと。
感じたのはそこに流れる空気をつくるのも人間だということ。
いい人間が集まればいいパーティになるし、楽しくなる。
やはり何につけても大切なのは人間というわけだ。
何人かの知り合いに会ったことは私にとってとてもうれしい出来事。
いろいろな人間がいるのだとわかったことはよかった。
人間の行動にはエネルギーがあり、すごいものだ。
これからも何かに動かされることを期待して。
御供 2001/9/5

世の中男と女


男と女しかいないこの人間の中で、
男が女を欲しがる。
女が男によって生きている。
どうせこの世の中は男と女しかいないじゃないか。
何言ったって男と女は引き合い。
恋に落ちる。
そして家族をつくり、
共に生きて行く。
御供 2000/5/21

先の声


自分の先に声が聞こえる。
私はその声の方向に近づくことで充実した時間を過ごす。
この声のない先の声は私を無造作に動かし、
私の人生の道に確かな歴史をきざみ込む。
その声は寝ても覚めても私の心のリズムとなってひびき、
私の体全体を揺さぶり続ける。
私は常にその先の声を聞き坂を登る。
この坂は頂を持たない山である。
私は生涯を坂の上から下界を見ないと知っている。
その坂は達することのできない登り坂である。
もうすでにいちばん下を体験した私は上を向いて登り上がっていくだけの道をあがって行くと決めている。
少しずつでもいいこうして生きている以上登りつづけることが、
私に托された道であることを先の声が教えてくれる。
後戻りすることなどできないこの人生の坂は、
私の目標をめがけて進む。
私はついに幸福を味わったことがない。
私はついに友を傷つけたことがない。
私はいつもいっぱいに満たされたまま、
先の声を聞き続ける。
こんな私の人生を私はかみしめながら楽しんで生きて行こう。
ひとりの人間として生きて行こう。
御供 2000/10/23

光と自然の調和、そして都市


BEATIFUL  VISION
ハーモニー
交流こそエネルギーの源だ。
大いなる自然を相手に人間は、
都市という城壁を造って立ち向かう。
ここにテクノロジーとして光という潤滑油が飛び散る。
木も水も雲も人間に出会うことで驚異的なパワーを生み出す。
それは原野をゆっくりと草をはぐくむ牛であり、
空を舞う風から生まれる。
また太陽が与えてくれるソーラー・パワー。
こんな自然界の小宇宙を天文台を通して交流することにより、
ハーモニーが生まれる。
この映像はそのエネルギーの源を知るべく作られた映像。
ショート・ムービーである。
これを見て大いに光りによる21世紀へと続く覚醒をするがいい。
御供  2001/5/23

変化する


世界の終わりが近づき、
最後の日の比喩的証言が再び新聞紙上で目立ちはじめた。
経済学の範疇に入る事柄や、文化、自然現象などが普通以上に勝手に混乱され、
ついに間伐はほとんど形式学上の意味をもつようになった。
間伐担当大臣が任命され、
自然は不自然であると考える。
昔の推論がすべてひっぱり出されても解決にまでには至らない。
最低必要利量のアイロニーをくっつけてコモンセンスの領域は守られていた。
この奇妙な啓示的な夏に、
音楽出版界ではパンクがセンセーションをおこしてデューした。
ロンドンはキングス・ロード近くであらゆる種類の様々な若者のスタイルから、
要素を抽出していっしょくたにした新しい若者のスタイルが出来上がった。
実際パンクの素性ははっきりしなかった。
アメリカン・パンクはミニマリスとの美学のピンヘッドやクライムやストーリート・ファッション愛好熱。
自己傷への強い性向。
そのアングラ的伝統である。
早くジャンキーなリズムと、
ソロダンスのスタイル。
およびアンフェタミンがやってきた。
表面的には共存できないさまを音楽がまさかと思われる結合に成功したのはパンクによる不思議な成果である。
これを裏書きするかのように衣服の面でも同様勝手きままな寄せ集めスタイルが作り上げられ、
同種の服に見える不調和音を再生した。
部分部分は文字どおり安全ピンで全体にまとめられあげられ、
非常に写真うつりのよい有名な現象になった。
これがパンクとして知られているものだ。
パンクは安全ピンで写された。
パンクは戦後の労働者階級の若者文化の全服装史を細切れの型で再現した。
もともと全く異なる時期に発生した各要素をひとまとめにしたものだが、
混沌そのものだった。
御供

映像について


映像を作るにはひとりの作業ではなかなかできない。
でもやはり挑戦するだけの価値はある。
総合芸術だと思うし、
これからどんどん重要も出て来るだろうから。
今回はパートナーでいろいろなことがあり失敗した。
しかし、ハードが進歩して気の合う仲間と作ることができたらいいな。
いいパートナーを捜すことで可能になるだろう。
自分のカメラで撮り貯めておいて、
後で編集することに決めた。
長いものを作るのではなく。
インパクトのあるものをつくる。
ショート・ムービーがいい。
ショート・ムービーの時代だと思うから。
人間の心をえぐるようなものがいい。
時代が味方してくれるテーマにそって。
自分の持っているファッション性を入れて仕上げたい。
格好よくなければだめだ。
素で格好いいのがいい。
そのためにもいつでもカメラを持って行き、
つねに身のまわりを撮っておくことがいい。
若くてやる気のあるパートナーを捜し出し、
自分のイメージをわかってもらい、
編集することが大切だ。
人間、
スタッフのトラブルが一番大変だとわかった。
今回は時期が悪く悩まされた。
かならずいい波が来るだろう。
胃と神経がやられてしまった。
遠慮のない楽しいスタッフと組みたい。
格好ばかりつけた暗いヤツとは組みたくない。
やはり何を作るにも基本は人間なんだと思う。
自分の考えるテーマをシナリオにきちっと書いておこう。
映像を作るということは、
それ以外に考えられない。
人間はみなエゴのかたまりだ。
そのエゴが笑って表現できるヤツ。
それといいカタチで発表することが大切だ。
私の日常は映像を見ることからはじまり、
映像を見ることで作られていると言っても過言ではない。
いいパートナーを探し絶対に造りたい。
あきらめてはいない。
むしろ大きく盛り上がっている。
カメラを手にして私は思う。
御供  2000/10/9