2010/04/06

余裕というもの



今日、私は昨日より死に近づいている。
なのに、今までの人生で一番時間に余裕がある。
若い頃人は確実性を求めていたが、
道の終点に着かねばならねと気づく。
安定すれば、成長も変化も止まることがある。
そうならないように気づきたい。
若い頃は果てしない好奇心があった。
アイデンティティーについて読んだ時、
昔と今を結ぶには相手がいなくてはいけない。
今、私はここに居る。
生まれてから今日に至るまでの話を創らなければならないのだ。
写真でのアイデンティティーが一致しない時がある。
私たちの細胞は7年周期で生まれ変わる。
だとしたら私は何度も違う私になっている。
本質的には同じ私であるのに。
雑音、沈黙、我々の批判は疑問によって生じた。
懐疑から私たちの物証は探し出される。
懐疑に駆り立てられて、新たな歴史を求めた。
過去は彼方で凍り付き、
動きや言語は新しい世界を渇望した。
生き方が豊かさと余裕を求めた。
新たな状況を求めた。
芸術はゴールでなく、
時代の可能性を引き出すきっかけとなった。
それは真のコミュニケーション。
発見と創世の冒険だ。
満たされるものは探しつづけ、
欲求恐怖幻想で沈黙を埋めた。
いかに世界が空虚で堕落して見えても可能性を信じた。
だが新しい世界は古い世界と同じだった。
また最初からはじめるしかない。
世界には2種類の苦悩がある。
人生の欠如に苦しむ者。
そして人生の過剰に苦しむ者。
私はきっと後者だろう。
考えつめるとほとんどの人間の行動は動物に近くなる。
基本的には動物と変わらない。
しかし、人間はいくつもの蓄積を可能にした。
これが間違いなく余裕だ。
余裕を持つことによって人間になったのだ。
小さな心の余裕がすべてを豊かなものにする。
   御供  2013/5/19

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