今日、私は昨日より死に近づいている。
なのに、今までの人生で一番時間に余裕がある。
若い頃人は確実性を求めていたが、
道の終点に着かねばならねと気づく。
安定すれば、成長も変化も止まることがある。
そうならないように気づきたい。
若い頃は果てしない好奇心があった。
アイデンティティーについて読んだ時、
昔と今を結ぶには相手がいなくてはいけない。
今、私はここに居る。
生まれてから今日に至るまでの話を創らなければならないのだ。
写真でのアイデンティティーが一致しない時がある。
私たちの細胞は7年周期で生まれ変わる。
だとしたら私は何度も違う私になっている。
本質的には同じ私であるのに。
雑音、沈黙、我々の批判は疑問によって生じた。
懐疑から私たちの物証は探し出される。
懐疑に駆り立てられて、新たな歴史を求めた。
過去は彼方で凍り付き、
動きや言語は新しい世界を渇望した。
生き方が豊かさと余裕を求めた。
新たな状況を求めた。
芸術はゴールでなく、
時代の可能性を引き出すきっかけとなった。
それは真のコミュニケーション。
発見と創世の冒険だ。
満たされるものは探しつづけ、
欲求恐怖幻想で沈黙を埋めた。
いかに世界が空虚で堕落して見えても可能性を信じた。
だが新しい世界は古い世界と同じだった。
また最初からはじめるしかない。
世界には2種類の苦悩がある。
人生の欠如に苦しむ者。
そして人生の過剰に苦しむ者。
私はきっと後者だろう。
考えつめるとほとんどの人間の行動は動物に近くなる。
基本的には動物と変わらない。
しかし、人間はいくつもの蓄積を可能にした。
これが間違いなく余裕だ。
余裕を持つことによって人間になったのだ。
小さな心の余裕がすべてを豊かなものにする。
御供 2013/5/19

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