私は私で私の字を書いた。
私にとって詩を書くことは、
日常のひとつの作業である。
掃除をしたり、
洗濯をしたり、
風呂に入ったりするのと同じことである。
私のまわりに置きた事柄。
私の心を通して、
意見したものが正直に萌芽のままの状態で書かれるだけ。
特別に何かのために書いていう理由はないが、
しいて言えば人生を生きている呼吸のようなもの。
そう考えてくれればわかりやすい。
私は心の字を、詩を書いてさらけ出し、
楽になりたいのかもしれない。
この行為は、
私にとってトイレに入るより快感を味わえるのだから。
上手く書けたときの眠りの気持ち良さといったら格別だ。
と言っても自己満足でしかないのだが。
何かあった出来事に対して、
感じたままに言葉にしてみる。
世界に起こった事件について、
私なりに冷静に意見する。
私は自由に言いたいことが言えるのだ。
この散文詩の中には、
私の人生が常に平行して入っている。
丸裸の隠し事のない姿だ。
人生は生きる時、
人に対して発する言葉と本根が交差する。
だから、あやふやなものになってしまう。
あまりにも脚色され、
自分の意見を偽ってしまうからだ。
誰もがこうして、
自分の意見を書き留めておけば、
変ないざこざや喧嘩は起きないと思うのだが。
私にとって詩を書くということは、
私にできる唯一の楽しみに等しい。
これだけの多くの詩編を書いてきて、
まだこれからも書こうというのだから。
自分のやりたいことのひとつであるわけだ。
他に絵を描いたり、
写真を撮ったりもしているけど、
日常にはなっていない。
詩を書くこと。
この作業は私にとっては飽きることのない楽しみの中にある。
私は今日まで、
そして明日もこうして詩を書いていくことだろう。
真実と自由を求めて!
御供 2000/10/7

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