2010/12/24

僕らの命パート2


僕の命は人々と共にある。
存在するだけ。
すべての実現にみんなが団結せねばならない時が来た。
地球をKEEPする戦いが、
そこまで来ている。
至高の精神、
目的意識こそがそこに存在する。
人々に愛を示せ「今」。
心配などないことを知るがいい。
すべて上手くいくことを考えるべきだ。
用心しろ、
気をつけろ、
自分の行動に言いたいことをわかってくれ、
僕らは本気でひとつになるのだ。
そう平和はすぐそこにある、
心で気づくべきだ。
僕らは政治的意味での犠牲者だった。
PEACEは実現する、
未来においてかならず!
平和に終わりはないとわかって欲しい。
愛と自立を守る自由がある。
御供 1997

僕らの命


食い物を手にするためには仲間まで、
敵にまわすはめになる。
闇に潜む丘でも、
すべての銃が僕を狙っている。
夜の待ち伏せ、
銃口が僕に火を噴く。
闇に潜む丘で、
原因はわからない。
何故撃たれたのかは、
未だに謎だ。
僕らは政治も関係ない。
ただ自由が欲しいだけ。
僕らを殺すことがヤツらの目的なんだ。
彼らが政治にかかわる一方で、
そう、僕らは中立の立場だ。
中立だとあらゆる角度から狙われてしまいがちだが、
そんなことはない。
自分の居場所が何故探せない。
みんながみんな自分の荷がいちばん重いと考えている。
そう思っているヤツらはわかっているはず。
みんながいてこそ、
僕の命なのだ。
御供 1997

2010/12/23

リトル・マガジンの世界


リトル・マガジンは世界各国のオマージュである。
そして有機的、意味作用的、
主体的美しさや内面性がなければならない。
リトル・マガジンは世界を模倣するのだ。
芸術が自然を模倣するように。
それも様々な人間のニートを対称にあるひとつの手法によって作られる。
リトル・マガジンの手法はひとつの法則。
それは反映の法則である。
リトル・マガジンの法則は芸術のそれと違って自然の中にあるはずがない。
その法則は人間社会の中にある。
反映の法則とは一が二になるもの。
そして、一が多になるもの。
リトル・マガジンの声が時代と共にある時、
その一が多になる法則が生まれる。
リトル・マガジンはファション、ミュージック、シネマ、アート。
といった文化と共に歩み、
それらの各ジャンルの中からいくつかのものを選び出すという、
インテリジェンスを持った編集者によって作られる。
よく雑誌は世論を反映すると言われるが、
編集者という人間の目やつながりによって多くの人たちに訴えかける。
定期的に出されるこれらの雑誌が多となるには、
時代を正しく見ているかどうかによる。
当然、芸術と違い自然を相手に創り出されるものではないので、
人間による人間の生の声として発せられるべきものである。
多くの偉大なるリトル・マガジンは、
人口密度と文化の高さに比例して世界の都市で作られる。
読む人々にメッセージを投げかけ、
これから来る未来を予言するものでなくてはならない。
リトル・マガジンの出現は都市そのものの文化の出現に他ならない。
リトル・マガジンは多くの流通を作り、
その都市の経済を活性化する。
人々の物質的欲求を満たす。
定期的に刊行されるリトル・マガジンによってアナログ的ではあるが、
活字という繰り返し読むことのできる手法は変わることがない。
多くの流行ある芸術をカタチあるものとして仕上げ、
人々に伝えて時代に残す。
活字となって大きな力を持つリトル・マガジンによって流行は作られる。
そこに時代の流れが描き出される。
だからこそ、間違った目や自分よがりの編見や金儲けのための手段として作られるものは受け入れられない。
街を闊歩し元気ある人間と接し、
数あるモノの中からひとつを選ぶ。
その良しを体験したものが編集しなければならない。
ひとりの天才的編集者により、
多くのそれにつづく編集者が生まれる。
相乗効果のごとく都市は活気づき、
文化の大きなムーブメントが起きる。
そして世界の歴史に残り得るのである。
小さな草の根的なリトル・マガジンであっても、
その可能性は秘められている。
創り出す人間によって時代を味方に大きな声になる。
本質的に芸術家が自然との会話をなしえる者であると同じように、
編集者は人々と会話し多くの声の中から正しい声を聞くことができなくてはならない。
編集者は街というフィールドで人々と出会い語り合い、
自分の意見を持った者でなければいけない。
偉大なるリトル・マガジンの到来を待ちわびる東京の都市生活者たち。
信頼できるリトル・マガジンはどこにあるのか。
そして、生まれようとしているのか。
御供 2000/7/27

私の居る


今居る私の場所はブルックリン・ウイリアムズバーグ。
とても面白い街。
洗濯ものを持ってランドリーに出かけると、
カフェに誘われて入ってみる。
そこに居る人に話しかけてみる。
すると、昔会った人だったり、
知っている人の息子さんだったりして驚かされる。
話しをしていると面白い。
あの人知ってる、
あの人も。
世界はとても狭くなってきた。
こんなところにまで知り合いがいるなんて不思議だ。
どんどん世界が狭くなっていると実感した。
御供 2001/7/11

自分の王国


私は自分の王国を見ている。
私に見えなかった王国が、
私が見ようとしなかった自分の王国。
目の前にあった国のない王国。
見えそうになっていたにもかかわらず、
見ようとしなかったのかもしれない。
何故だろう。
その方が楽だったから理由をつけて逃げていた。
勝手に理由を正当化していた。
しかし今、私は自分の王国を目指している。
見えていなかった時間。
見えなかったことを体験したことは、
今の私にやる気を起こさせたことは確かだ。
足踏みをしていた年月は止まっていた。
後戻りしていた時間はもう交代し、
私のやる気へと変身している。
もう私は自分の王国を見失わない。
残りの人生の直線を行く道をゆっくりと歩く。
だって私には止まっていた時間が体験となって「うれしい挑戦」
の時間となってあるのだから。
私の自分の王国は私の中にある。
決してそこここにある国ではない。
ドアを開け放し、
誰でも出入りできるボーダーのない王国。
それを見るものは私と出会った私の友だち。
私が見ている自分の王国は私の内なる意識の中にある。
その王国は無言の情熱の中に創り出されているもの。
私ひとりでは決して作れない、
みんなと共有することによって成り立っている。
そう、その王国は自分だけの王国ではなく、
みんなの王国であるわけだ。
誰もがひとりひとりの王国を持ち、
その王国と王国はボーダーを持たない。
自分の王国まで歩き続けよう。
御供 2000/8/20

街の臭い


街が放つ臭いってあるよね。
この街の香りは美味しそうな臭いがする。
はたして何の臭いだろうか。
甘い香りの臭い。
苦みばしったコーヒーの臭い。
甘く漂う果物の香り。
人たちはいろいろな臭いの中、
いろいろなことを考え生きている。
あるものはカフェで働き、
あるものは日常の中に身を置くだけ。
そしてあるものはMUSICにふけり、
あるものはアートという人間の楽しみの中に至福の時間の先端を見る。
そして社会を片目で見て自分とは無関係の立場をとる。
どこに至って同じことだけど。
私は動きたい。
動いて動いて思いっきり動き続けたい。
心に来る出会いを求めて!
ポケットには平和を入れて、
あてのない旅を愛と創造の中に続けたい。
人間として生まれて生きていくのに理由などいらない。
今日、私が思ったことは光は素晴らしいということだった。
光によって、
街はすべての色を変える。
人間の心の中まで透き通らせてしまうみたい。
現実はリアル。
現実を語らないものはUFOを!
そして話しはシリアスから笑いの中に身を置く。
どこにいたって目線の高さで語られる会話を。
ああ、「シーッ」という声が聞こえる。
御供 2001/7/16