2010/12/31

ボブから


調和の中で生きたい。
樹々を飛び交う鳥のように、
俺は自由に生きたい。
腹を空かした子供たちの鳴き声が聞こえる。
その涙を無駄にはしない。
この国は新しく生まれ変わるんだ。
ごらん、愛の嵐が再び吹き荒れる。
「Hallelujah Time」
俺たちは拒絶する。
おまえたちの思いどおりにはならない。
俺たちは俺たちだ。
自分たちの信念のままに生きる。
劣等人種などという偏見を俺たちに植えつけることなどできない。
自由と解放を唱えるんだ。
この技術万能の非人間的時代に、
科学的残虐行為の時代に、
生き残ったものはいるか。
原子力が哲学を持たない時代に生き残ったものはいるか。
核爆発があってもエネルギーがない時代に生き残ったものはいるか。
いつも危険に直面していなければならぬこの世界で生き残ったものはいるか。
俺は反逆者。
俺は囚人。
魂だけはなにものにも捕われない。
魂は全能だ。
俺の言うことがわかるか。
魂は全能だ。
俺の魂はどんな時でも俺を調和させる。
みなが一致団結すれば、
世の中はもっとよくなる。
ボブ・マーレーから
御供 2001/2/18

天才


人と違うことをやってはじめて天才といえる。
世界を変えようなんて思わない。
でも誰でも自分から変わることはできる。
誰もが社会について語らなければいけない。
白いキャンバスに何かを描くこと、
これが人生なんだ。
自分なりにリベラリズムを持って、
生きることが必要だ。
昔も今も根っからビートニクだ。
無防備な魂にあったことは疑う余地がない。
21世紀は何も見えないが、
癒しの時代ではないだろうか。
新しい価値観がないと、
新鮮なものは生まれない。
既成のものを打ち破って、
生まれてくるものを探している。
ルールなど持たないルールの外に自由を!
人間はいつもまわりに左右されて生きている。
なんて心の中は快晴なんだろう。
いったい芸術についての脳書って何だろう。
映像、それは心を熱くするもの。
いったい、天才ってなんだろう。
御供 2003/3/12

忘れるな


どんなに厳しい生活の中でも、
かならず幸せになれることを忘れるな。
こつこつやることをやり、
おだやかにそっと待つ。
私を至福の時が抱きしめてくれる。
私の心よ、
私の心をなぐさめて欲しい。
自分のあこがれがどんなに悩まそうと心が私を抱きしめてくれる。
もうすぐ太陽が昇り朝が来る。
太陽が輝けば角度が変わる。
見知らぬ人の手で抱きしめられるかもしれない。
用意することを忘れるな。
それを忘れるな。
どんなことでも私を取り巻くものを愛すこと。
苦しみをも愛すこと。
私が抱きしめられる日が来ることを忘れるな。
自信を持って生きること。
至福はやって来ることを忘れるな。
ひとり夢の中で考えよう。
御供 2002/1/18

未来主義


これからどんな時代が来るのだろうか。
未来を考えることなどしなかったはずなのに、
必要だったのか。
今はよく未来のことを考える。
何故か未来主義なんだ。
わかるだろ。
今いるところがいちばんいいとは思うけど、
もっと別の世界があるって思うんだ。
もっと別の世界。
今は何も言えないけれど、
全然違う世界が待っていると思うよ。
未来主義。
だから考えるようになったんだ。
未来は決して楽ではないけれど、
その未来に向かって最善をつくすこと。
今できること。
御供 2002/1/4

波が


毎日違った波が都会にも起こっていることを知った。
その波に乗れることが上手いサーファーになることか?
自由に生きることの勘違い。
仕事も遊びもまじめにやる。
無意味な時が過ぎないように。
しびやに人の波にのれるのか。
誰にもやさしくなれるようにやさしく波に乗る。
全部の波に乗れるわけじゃない。
自然の波との会話は、
人間との会話と同じように難しい。
その波を待つのもまた楽しまなくちゃいけない。
大きな波が都会にも近づいている。
御供 2000/7/18

理由なく


今を生きるということはどういうことなんだろう。
理由もなく塞ぐことがあるけれど、
実際は心から今を生きている。
この地球では同時多発テロなど、
いくつもの悲惨な事件が起きている。
その悲惨な事故をマスコミは本当のことを伝えているのだろうか。
大きな権力によってアメリカのABCなどは、
間違って報道しているのではないだろうか。
心からの真実を伝えているのだろうか?
どうしても納得のいかないことが多い。
日本のNHKはどうだろうか?
英国のBBCは少し信じられる。
人間らしく考えたジャーナリズムで報道しているような気がする。
体制に負けない正しい報道を期待する。
最初の報道こそが大切で、
人々はその印象に強く惑わされる。
アメリカは武力でもってアフガニスタンを制圧しようとしている。
報復させようとしているのがとるようにわかる。
そこに矛盾がある。
わけもわからず父母を殺され、
家を破壊された人間。
毎日空爆にあって生き延びた子供たちが20年後にテロリスト。
復習のために立ち上がる。
アメリカに対して憎しみを持つのもわかるような気がする。
こんなわけのわからない戦いはやめにした方がいい。
同時多発テロによって何千もの死者を出した悲しみは、
通常のものではなく消そうにも消せないだろう。
宗教問題という一言でかたずけられる問題ではない。
アメリカが仕掛けたイラン・イラクの戦争。
イスラムの世界に反感を持って起こす戦争ではない。
大統領ブッシュの気が知れない。
テキサスの武器商人はイスラム原理教で金儲けを企んでいるのか?
2002年を迎えて、
あのような無惨な事件が二度と起きぬようにしなければいけない。
人と人の完全なるコミュニケーションは平和である。
心を清め、
心から平和に向けて人々が正しい判断をすることを祈って、
新しい年を迎えよう。
御供 2002/1/5

目覚めよ


ただ普遍なる精神に目覚めよ。
すべてを受け入れよ。
すべてを見よ。
それは空っぽ、
そう受け入れよ。
真実を、、、、、、。
何を見ているのかわからない。
旅の途上で思うことは、
ただすべてを受け入れること。
人間は虚空も嘘も見ることができる。
そしてそれを伝える手段を持っている。
自分の心を忘れることもできる。
本当は虚空ではなく真実であっても、
その真実をあやつり何も知らない振りをする。
心の底に溜め込んで、
見たものを創り出す。
どんなカタチで表現するかは、
その人が決めることのみが存在する。
非人間的な行為も簡単にやってのける。
落ちて行く愛と憎悪の黒いトンネルが待っているとも知れずに。
人間はいつか他の複数の人間のことを忘れ去る。
そんな人間がいる限り、
平和は訪れない。
地球上に存在するすべてのものに愛を持って接し、
心を開いていかなくちゃいけないんだ。
そうすれば救われる。
心をちゃんと持っていつも試練を乗り越える。
幸せや平和が手に届くところまでいかなくちゃ。
お互い優雅な言葉で話し合おう。
投げやりな言葉はもうやめにしよう。
なんでそんなに極端なんだ。
おいで生まれざる小さな天使たちよ。
心を開いて飛んで来るところを見させておくれ。
目覚めよ、そうしてよ。
突然の幸福感。
老いが天使の翼だとわかったからなのか。
個性をひけらかす上っ面の裏切りは終わりだ。
声高らかに笑い。
また時に目覚めを知る。
目覚めた時が、生まれた時。
目覚めよ。
御供 2002/6/12

確かなものなど


確かなものなどあるんだろうか?
人生を感じることは、
礼儀、挨拶、行き交う会話の中に確かなものを見つけること。
心を洗い拭ってくれるいくつものこと。
スーッと通り過ぎただけで目で会話することもあるけれど、
あれはなんというのかな。
ニンマリして立ち尽くす。
お互いに心の次元で豊かに交わす。
お互いの価値観に確かなものを見つけて、
喜んだり、悲しんだりして生きる。
つまらないことに愚痴をこぼすことなく。
忙しいことを恐れたりせずに、
時間に流されないで確かなものを見つけて生きる。
時間というフィーチャーを存分に見つめて、
人生の中に楽しみを持って生きる。
そうすればかならずや、
確かなものがやって来るに違いない。
沈黙の中にエネルギーを蓄えて爆発することが必要なんだ。
ただ降りたり昇ったりの人生におさらばしよう。
自分の中のルールを自分で見つける。
確かなもの、
確かな人間に囲まれて生きていこう。
御供 2002/6/17

行動に


自分の行動に責任を持つべきだ。
あっという間に自分の意見を変えるヤツがいる。
さっきまでああ言ってたのに、
今は違うことを言っている。
自分の言動に責任を持つべきだ。
なんて言ったって自分が言ったことなら、
最後まで責任をとって欲しい。
いい加減な言葉で人を翻弄しないでくれ。
何はともあれ、
自分の言った言葉を最後まで言い切るべきだ。
中途半端にころころ意見を変えて欲しくない。
男だったら自分の言葉にしっかりと責任をとるべきだ。
じゃないとまわりがみな迷惑するんだ。
御供 2001/6/12

見えてこない友


私は人間が好きだ。
誰にでも話しかける。
挨拶も元気にする。
だが、私の目ははっきりと好き嫌いを持っている。
はじめて会った瞬間から人みしりをする。
小心者の私は、
すべての人と仲良くできるほど大人じゃない。
いろいろな人に出会うことは積極的にするが、
目の前にいるのに見えない友がいる。
同じ空間の同じ空気を吸っているのに見えない友。
どういうことなのだろう。
私は多くの愛せる友をつくりたいと望んでいる。
なのに見えない友がいる。
私の道の上の障害物のようなもの。
生理的に合わない人間がいるとは思いたくないが、
私の体験と本能がそうさせる。
私の目は愚かなものかもしれないが、
その本能を大切にしたい。
私の目は遠くにいる者も見える。
たまにしか会わなにのにいつも見えている友もいる。
友のことに考えをめぐらす時、
その友のことが浮かんでくる。
私の考えていることと友の考えていることが交差する。
見える友は信頼からくることなのか。
見えない友がいることもしようがないではないか。
地球上では多くの人間がそれぞれの考えや立場で生きている。
全人口と会えるわけじゃない。
全員と会えるわけじゃない。
見えない友は見えないで、
目を閉じていても見える友と仲良くつき合っていこう。
世界中に見える友をつくって、
遠くにいてもわかり合えるようになりたい。
私は友を裏切ったことがない。
裏切られも裏切られたと思わない。
自分勝手でパワフルかもしれないが、
決して友を傷つけようとしたことはないことは確かなこと。
見えない友は見えなくていい。
見える友といっしょに生きていこう。
どこにいても何をやっていても私を魅了し、
信頼し合える友と長く深くつき合っていきたいものだ。
そう考えている。
御供 2000/7/19

転期


2002年を迎えてひとつの人生の転期に来ていると感じる。
このまま東京というマンモス都市に生きていると、
私はダメになってしまいそう。
今年はちょっと角度を変えてみよう。
住む環境も変えてみよう。
LAにでも少し長く住んでみたい。
転期には環境を変えるのがいいと思うから。
東京を少し離れてもミスしないような気がする。
じっくりとLAあたりで自分を見つめ直して、
英語でも勉強したい。
新しい街での生活は刺激的だ。
LAだったら動きやすいから、
南米あたりを攻めたいな。
ボリビアにガテマラに、
ブラジルにペルーに。
転期を迎えて、
さらに人生を豊かなものにしたい。
御供 2002/1/15

遅れちゃう


早く支度をして行かなくちゃ。
待ち合わせの時間に遅れちゃう。
いつもはすぐに身支度をして出かけられるのに、
今日はそうじゃない。
時間に遅れるということが嫌いなんだ。
なのに出られない。
いつもは少し早めに行って待っている方なのに、
今日は遅れちゃう。
こんなの嫌だ。
いつものようにすんなり用意ができない。
出かけられない。
早く支度して行こう。
遅れちゃうのは嫌いなんだ。
もうすぐ待ち合わせの時間。
遅れちゃう。
もうすぐ時間。
どんな時でも遅れたことはないじゃないか。
いっかい遅れたら今までのことが、
全部噓になってしまいそう。
どんな時でも遅れないようにしないとね。
「時間は金なり」
と言うじゃないか。
これからも遅れないようにしないとな。
御供 2002/1/4

陽の下に


暖かい太陽の光に包まれて子猫ちゃん状態で、
のんびりと陽の下に。
太陽に照らされることをどんなに待ったことか。
どんなに望んだことだろう。
生まれる思考を元に何かを考えてみる。
動き出す。
方向を決めて進行や速度を定めてみる。
いつも心はGO SOUTH!
丸い地球から滑り落ちないように、
しっかりと立って歩いて行こう。
つまずき、転び、
それでも再び起き上がって動き出す。
人生で陽の射す一瞬のよろこびを感じて生きる。
楽しんで生きる。
この時間を望んでいたのかもしれない。
ホッとさせてくれるもの。
子猫ちゃん状態のままいられたらどんなにいいだろう。
陽の下にいるよろこび。
人間にとって必要な光、
清らかな水の流れ。
このふたつは創造するのになくてはならにもの。
ほのかな染み通るような光の中にいる。
御供 2002/7/4

2002年1月16日


冬だというのになまぬるい空気の変な日だ。
いまにも雨が降り出しそうな雲があつく暗い。
太陽は見えない。
1月も半ばだというのに、
年が明けたことなど感じさせない。
免許を書き換えに行ったことくらいかな。
学校時代は冬がはっきりと見えていた。
行事があるので区切りがある。
社会人になってからは会社に勤めているわけじゃないので、
区切りがわかりにくい。
フリーで編集の仕事をしていると自分で時間の調整をする。
ちょっとルーズになると区切りが見えない。
もうすぐ46歳の誕生日だけど、
誕生日は嫌いだ。
PARTYなんてやって欲しくない。
静かにしていたい方なんだ。
とりあえず新年はじまったばかりだから、
今年の抱負でもたてることにしよう。
御供 2002/1/16

待ちわびること


何か得体の知れないものが来るんじゃないか。
待ちわびること。
心をアンテナにして、
そっちを向いて待ちわびること。
すべては来たり、
また去るのだから。
悲しんでどうする。
嬉しんでどうする。
病気の今日と、元気な明日。
どこも来るものと去るものでいっぱい。
どの場所だって止まったりはしない。
世界が去る前に世界を知る者などいるのか。
健康は大切なこと。
何をするのだって健康あってのことだもの。
人間として生きて行くのに健康、
そして体調をKEEPすることは大切だ。
天国への入り口。
天国なんてものがあるんだったら教えてよ。
そこへ行く近道に立って、
もう入る用意はできているのさ。
でも入り口も出口もないじゃないか?
そんなこと言っている間に時間はどんどん流れて行くよ。
どこへ行くのかわからない。
でもパラダイスへ行くと信じて、
待ちわびること。
御供 2002//6/14

愛と憎しみ


人間というのはどうして自分勝手にできているのか?
愛していると思った。
愛されていると思った。
なのに苦しめられる。
言葉の中にも苦しみを覚え、
胸くそが悪い思いをする。
何故かわからない。
はじめからこうなるように仕組まれていたのか。
かなり大掛かりないじめではないか。
ひとつひとつ実行していくというのかい。
何もかもがうやむやで、
私にはわからない。
何故こうなったのかわからない。
もっと素直に愛を表現しようよ。
愛を素直に受けたいと思わないかい。
たくみに考えられた迷路の中を裸足で右や左にぶつかり、
傷だらけになって進むなんてないよ。
ここまで来たらもう戻ることはできないんだ。
こんなゲームなしで別れたい。
私にはわからない。
憎しみの中にいる、
私は私が嫌でたまらない。
愛することは素晴らしいことだと思うが、
憎むことは最低なこと。
このふたつが背中合わせにあるのかな。
愛することはできるが、
憎むことなどできやしない。
愛と憎しみが同じもとは考えられない。
一生愛しつづけたいだけなんだ。
自分とは違う人間がこの世の中にはいるらしい。
自分に負けるなんていけないよ。
愛だけを信じて生きて行きたいな。
御供 2002/7/6

JIMI HENDRIX


21世紀に向けて、
J・ヘンドリックスの残した言葉、メモ、映像、思い出が発掘された。
時代を超えて我々に新鮮な驚きを与えてくれるものばかりだ。
ジミが夢想した宇宙的なスケールは普遍的なものだった。
音楽にとどまらず、
あらゆるジャンルを越えた、
彼のスタイルはカタチにハマったものを塗り替えた。
どんな狭い心の耳しかもっていない人間にも明らかになっている。
J・ヘンドリックスの思想が時代と共に魂ともつれ合いながら、
ますます高いところにまで登って行こうとしている。
とくに表面ではなく、
音楽的な精神を受け継ごうとするアーティストに出会う。
いつまでも活き活きと空気を振るわせ、
魂が伝わってくる。
ライブ・パフォーマンスを愛し、
また自由なインプロヴィゼイションを気に入ったプレイヤーと交換する。
いつでも時代を揺るがす、
世界の真っ只中にいる爆発寸前の存在だ。
ネクスト・マウンティンでジミは待っている。
そこまでみんなが登れるように!
御供 1998/7/30

2010/12/30

LAに行く


忙しかったけどLAに行ったことは良かった。
どこでも同じように時が流れていると実感できたから。
東京だけが重く流れているんじゃない。
LAもNYもヨーロッパも同じように、
世界の時は流れているんだ。
風が吹いたら、
LAの風に吹かれてオープンな心を取り戻す。
そう取り戻す。
御供 2001/1/26

新しいスペース


良き友といっしょに創造というアートを創り出すワーク・ルーム。
パフォーマンス・クラブとして東京の面白いエリア、恵比寿に作りたい。
空気の流れのいい場所で、
古くてもカタチのいいビルがいい。
一階はカフェで古着屋がついている。
二階はギャラリーとフリー・ペーパーの編集室がある。
世界中の連中とインターネットでやりとり。
3階にはゲストルームにする。
旅をしているヤツの止まり木のようなゲストルームだ。
自由なルールの中で作り出される、
人と人とのつながりという宝物のアート。
ゆっくりとした贅沢な時間を過ごしながら創り出す。
そして、アートというカタチとなって、
パーマネント・コレクションになる。
モダンギャラリーのように世界が出来上がる。
仲間ができる。
東京に行ったら面白いところがあると噂が広がる。
友の紹介がそのゲストルームのパスポート。
仲間がまたひとり増える。
何とうれしいことだろう。
価値なんて関係ない美術館。
がらくたの再利用で創ったものだけど、
世界でひとつしかないアートが出来上がる。
これを見たら激しいパッションを感じるに違いない。
そんなみんなが溜まれるスペースを造りたい。
御供 1998/7/28

めずらしく


東京でめずらしく空き家を探した。
小さいときよく、
子猫や子犬を空き家で飼ったことがある。
家に連れて帰れないのでこっそり空き家で飼うのだ。
空き家がめずらしく東京のど真ん中にあった。
朝方近くに散歩していてたどりついた。
まるで夢へと誘われる気持ちで入った。
空き家は何年の使われていないようで、
まるで倉庫のようになっていた。
大人のおもちゃ箱のようである。
かつて住んだ人の様子を垣間みる。
楽しいワクワクする気持ち入っていった。
まるで異空間に迷い込んだようだった。
埃とカビの臭いの中に身を置くと、
何故か懐かしい。
幼い頃のあの犬飼いごっこを思い出す。
隠れて飼った犬に会いに行った時の興奮にひたらせてくれる。
ハムを片手に入って行ったあの頃の正義感にかられて、
捨て犬を育てている自分がいる。
そうこの臭い。
この懐かしい臭いに思い起こされる思い出が浮かぶ。
人間の奥にある何かにたどりついたような気分だ。
御供 2000/12/29

よくある話


朝起きて文を書こうとすると何故か書けない。
感動を覚えた映画を見終えた時にも、
書こうとしても何故か書けない。
ノートにある字は、
いつどんな気持ちで字がフローアップしてきたのか覚えていない。
でもその時はすらすらと書いていた。
目の前のことをそのまま書けばいい文を書けるのかな。
書きたくてしようがないときもある。
文とは意志に忠実なものなんだ。
御供 2000/

わかるかい


どんどんと地球が汚れていくのがわかるかい。
どんどんと人間のやわらかい精神というやつが壊れていくのがわかるかい。
地球はどんどんと狭くなり、
人間同士が争ってもしかたないというのに、
まだ争っている。
ひとにぎりの悪巧みをする支配者に、
いいようにされてたまるか。
そう自由にはさせない。
人間ひとりひとりの意識が高まれば救われると思っている。
青い惑星地球を子供たちのために守らなければいけない。
もうたくさんの危険信号が出ているじゃないか。
オゾン層は破壊され、
熱帯雨林は伐採され、
地球の資源には限りがあるとわかっているじゃないか。
もうそろそろ目を開けて欲しい。
地球が無くなっちまったら、
何にもできないということだ。
地球を守ろう。
森を川を空を綺麗にしていこう。
自然から学んだこと。
自然が自然であった頃に戻そう。
わかるかい。
人間同士で争っている場合じゃないんだ。
地球には自然との第三次大戦が、
目に見えないうちに進んでいるんだ。
わかるかい。
立ち上がろう。
みんなで意識を変えていこう。
わかるかい。
人生を有意義に愛を持って楽しもう。
御供 2002/6/19

イサム・ノグチ


イサム・野口のロングアイランドのミュージアムに来る。
とても天気の良い光差し込む日曜日。
オープンよりちょっと早く到着。
心地よい光に誘われて、
ゆっくりと待つ私の心は高鳴っている。
大きく期待の中にいる。
とても良い陽がサンサンと降り注ぐ。
私はイサム・ノグチのロングアイランドのあるミュージアムの前に立つ。
石のオブジェは時代を感じさせない。
淀んだ心を洗い流してくれそう。
白一色の待合室の椅子に座って、
とても心地よい時間を過ごす。
来てよかった。
この光の中、
イサムのアートに会えるなんて。
この日から少しは何かが変わる。
自分が自分でいられるようになるような予感。
御供 2001/7/15


ゴーギャンの夢


楽しいひとときを君と過ごそう。
君のそばでいつまでも、
僕は君の最良の友となり、
生涯の友情を誓い合おう。
君は私の輝く宝石。
かけがいのない大切な宝物。
時の続く限り君に捧げよう。
美しく咲き誇る高貴なバラに、
私の限りない愛を。
わが愛しの君よ。
ゴーギャンより
御供 1998/7/28

テロと疑惑


私に言えるのはいったい全体これはどういうことなのかということ。
私たちはこんなことが二度と起きないように祈るだけだ。
それしかできない。
以前にも祈ったことがあるけれど何故こうなったのだろう。
あの9月11日の後、
人々は気のめいるような時間を重い空気の中で過ごしている。
自分たちの身に起こった事件のように、
深い悲しみの中にいる。
何も罪もない人たちをわがままに巻き込むテロ事件。
このような行為の終わることを祈ろう。
ひとりひとりの心の中に平和がくるように!
御供 2002/1/18

ビート詩


自分の思考すらカタチづけられてしまいそうなシステム。
はっきり破壊してみる必要性に、
ある時つくづく気づく。
それはビート詩と出会った瞬間から、
止むに止まらぬ必然へとなっていく。
これは理論とか転向とかいうものではなく、
強い詩的なあらわれでしかない。
意志が必然的に亡命をはからせたといえるかもしれない。
根っこをとやかく言っているのではない。
もともと詩の場などというものは、
最初からはっきりしたものがない。
詩は詩でしかないのだ。
どういうものとも共同体をもたないものが詩であったのか。
こうした詩人の閉じ込められた自己規制のようなものを嫌い、
それを取り払うことからはじめる。
誰よりも語っていたのは実は無意味な意味だったのだ。
あらゆるジャンルのものや様式を総動員して、
自分の思うとおり勝手に好きなように先へ先へと行けばいいのだ。
先とはこれまでと違うところへ行くという意志である。
意欲ではない。
この先に何かはっきりとした詩の見通しがあるという保証などない。
創造的な破壊を繰り返すだけ。
けれどある種、
無茶苦茶で盲目的なまるで暗い青春のようなものがなければいけない。
ドライビング・フォースが詩人になければ、
詩は決して意味を持ってこない。
これこそ創造的破壊というものである。
フリーダムなインプロヴィゼーションと引き換えに、
真のクリエイティブな詩ができる。
見えてこない、実現もしない。
こうしてあらためてビート詩を読むと、
言葉だけでは説明できない。
表現している意味やコミュニケーションがはっきりあることがわかる。
なおも一生懸命に語り合おうと努力している世界があることが伝わってくる。
言ってしまえば文字など、
所詮文字以外の何ものでもないということ。
こちらのつもりどおりになかなか相手に伝わらないのが文字であり言葉だ。
それは逆に言えば、
文字や言葉の誤解や誤読こそがコミュニケーションだ。
これが詩だ。
詩は詩なのだと言い切りたいのだ。
詩を文字とかデザインだという統一性を持ったジャンルとして、
最初から考えていけないのだ。
詩的正当性はどこで証明できるのか、
詩には何も伝えるものなどない。
詩人の絵空事にすぎないのかもしれない。
御供 2000/12/6

ファッション・ショー


恵比寿のガーデン・ホールで行われた、
「アンダー・カバー」というブランドのファッション・ショー。
何人かの知り合いに会った。
流行に流されて楽しむ人間たち。
商いするのもいい。
本当の意味でみんなが楽しめばいいね。
知らないことを知ったことのように口にする。
知らないんだったらまったく知らない方がいい。
間にはやさしい空気が流れるかもしれない。
ショーはサイボーグ化したモデルたちが、
精神病患者のようにウォーキングする。
ブラック&ホワイトにボディ・ペイントされている。
フェィク・ポケット「カタチだけで機能なし」のジャケットを着てウォーキング。
まったく皮肉な人間社会。
流行が人間を騙しているようだ。
デザインなど存在しないみたいだ。
ショーに出ているモデルはどうだろう。
それを演出する側に噓が多すぎる。
頭に浮かぶのは金と酒と女に群がる人間。
生地のやわらかそうなイタリアン・スーツに身をつつみ、
夜を舞う女ども。
全然楽しくない、
洋服のコレクション。
こんな服を着て嬉しいのか。
クリエイティブをして欲しい。
こんなショーで会うヤツは言う。
「遊ぼうよ。飲もうよ。連絡ください」
お早いうちに変わらぬ顔で挨拶する。
格好いい不良がいなすぎる。
女の子のほうがよっぽど不良している。
メディアを使ってどれだけ騙せば気がすむのか。
今時のファッション・ショー。
御供 2003/5/9

LOVE IN


くよくよしないでくれ、
明日はまたかならず来るのだから。
世界の動きに気を配る。
教育のGAPが人間のモラルを支配する。
経済の波が若者の生活に関与する。
新しい明日を待ちわびる。
自然の摂理の中で人間の不条理を創り出す。
遊びと創造を与える。
繰り返される時間の中を納得のいくように生きる。
友との出会いを大切に、
ふらふらと街を歩き回る。
大都会の片隅でキラッと光るものを見つける。
磨かれていないダイヤモンドの原石みたい。
そんな一瞬に遭遇する。
放浪するパワーだけが味方と誇り。
安定とお金の次元を越えてさまよい歩く。
この世の中に嫌いなヤツなんか誰もいない。
ただ愛せる友が欲しいだけ。
せつなく燃える太陽もまんまるの月も、
きっと明日はかならずやって来る。
この宇宙に比べたら、
人間社会のことなんて小さなものさ。
動きつづけることが大切なんだ。
心の目を大きく開いて新しい友に出会いに行こう。
今、東京に居なくたってミスなんかしない。
世紀末、世界を感じることは、
その国へ行ってその場所の空気を吸うこと。
放浪に至福は絶対に不可欠なもの。
愛を探して旅をする。
文明の中を何の肩書きも持たずにひとりの個人として、
多くのことを知りたくてあてのない旅をする。
旅先の知らない街で神様のいたずらで一生の友と出会う。
心地よい時間とうれしい未来への会話を体験する。
これこそが考えていたこと。
待ちわびていたこと。
どこかの街角で小さな出来事にぶつかり、
何かの予感のようなものをつかんだ気分になる。
俺だけが悪いわけじゃない、
勘違いはどこにでもあるものさ。
うれしい気分になる。
オープン・マインド。
俺が旅先で見たことは真実、
なんのフィルターも通してない。
体験から判断したもの。
大それたことは考えていないけど、
地球のKEEPにつながることはわかっている。
御供 1997/8/1

NEW YOEK BEAT


心の底にバスキアがいつもいる。
彼のアートは誰にも真似できない、
オリジナルのものだからね。
だからすごいんだ。
心から彼の作品はすごいと思うよ。
バスキアの描く絵は誰にも真似できない。
だってすべてが彼の詩的メッセージからできているから。
すごくコンセプチュアルなアートだと思うよ。
バスキアは20世紀でもっともすごいアーティストに違いない。
御供 2002/1/4

NYからTOKYO


飛行機の中はけだるくて覚えていないほどぐったりしていた。
気がついたら長いと思っていた12Hが過ぎていて、
もう成田だった。
早く家に帰りたくてさっそくリムジン・バスのチケットを買いにいったら、
あと4分で出るという。
あわててバスに乗り込み、
そこでもうとうとと寝てしまった。
クーラーがききすぎていて、
やや胃が痛くなってきた。
少し苦しかった。
だが、家が近くになるに連れて元気になってきた。
なんとゲンキンなことだろう。
胃の病いもすっかり治り、
家に着いた。
短かったようでながかかった10日間。
いろいろなことが走馬灯のように頭の中を通り過ぎていく。
本当にたくさんのことが、
この10日間のうちにあった。
NYはやはりいつも刺激的だ。
最初はあれもこれもとなかなか上手く行動できない。
最後の3日は驚くほどの成果をあげたと思う。
いろいろな出会いもあったし、
とても充実していた。
取材もとても上手くいった。
よく動いたと思う。
ダウンタウンのパーティもよかったな。
ばったり後輩にも会うし、
ウイリアムズバーグに住む若いアーティストたちにも出会った。
BRUTUSの編集の人にも会った。
20年ぶりのピジョンというニック・ネームの人にも会うことができた。
本当にいろいろな人に会ったと思う。
NYはたぶん人間と人間がばったり会うところなんだと思う。
だいいち人間のエネルギーが流れる場所だから。
今回行ってわかったことは、
どんどんとひとりで動きなさいということだ。
動かないと何もはじまらない。
人間と人間の出会いはおかしなものでパワーとパワーのぶつかり合い。
そうエネルギーを発するものが出会いを自分のものにする。
いつもお洒落をして自分を飾り立て、
自分を表現することが大切なこともわかった。
あとは見栄をはらず、
自分を主張していくこと。
そしてチャンスを自分のものにする。
人との出会いはとてつもないチャンスなのだから。
ビック・アップル。
マンハッタンはやはり凄い街。
人間が小さくもあり、
大きくもあるところ。
アメリカのプライドである富と名声がより多く見えるところ。
心ゆくまで楽しもう。
自分をさらけだしてチャンスをつかむ。
人間がたくさんいて、
小さな魚の群れのように泳いでいる。
まるで人間でないかのように、
でもパワフルな人間なんだ。
御供 2001/7/18

かたずけ


洋服や本や身のまわりのものを、
知っておくという意味で整理整頓は大切だ。
私は整理してかたずけてどこに何があるか、
頭の中に入れるのが好きだ。
きちんとそろえるというより、
自分の持ち物をどこに置いたか頭の中に入れて置かないと気がすまない。
乱雑の中の整頓というやつだ。
いつでも取り出せるようにしておくこと。
これが私のかたずけだ。
何日に一回とは決めていないが気の向いた時にやる。
このかたずけがすむと安心する。
清々しい気持ちになれる。
御供 2002/1/18

こうなると


きっとこうなると思っていた。
幸せに至る。
だから楽しんで生きている。
今を楽しむということを考えている。
これが大切なんだ。
いろいろなことに興味を示し、
大都会という人間の森の中に住んでいる。
メディアというものを遊んで、
時間の流れの中を泳いでいる。
きっとこうなると思っていた。
私の人生は有意義だ。
人間として生きていたらこうなると思うような道を歩いている。
時には孤独であったり、
どんなことにも真剣に生きている自分が見える。
人間はこうなると考えたら、
そうなるのだと確信してる。
私はこうして生きている。
時間は自分のために使うもの、
創造へと使うもの。
大都会の隅っこで自分なりのルールを持って、
自分の時間の中に生きている。
心にやさしさと思いやりを持って、
セーブ・アースとキープ・ヘルシーを考える。
動いて少しでも多くの友に出会いたい。
私と私の人生はこうなると思っていた。
御供 2002/7/19

ここからが


やっと1年を過ぎて軌道に乗ったかに見えた仕事。
だが、ここからが大切な時間。
順調にいったかのように見えたのだが入って来るものがない。
あせる心を抑えて、
じっとがまんする沈黙の時。
ここからが勝負。
あせってはいけない。
かならず来ると自分を信じて行動をとろう。
動いて人と会って、
自分の存在をアピールして行こう。
そうすればはじまるはずだから。
積極的に動きまわって、
臭いを嗅ぎ分けて動こう。
ここからが自分にとって試練の時。
やることをひとつひとつかたずけて、
人間として豊かな知識を持とう。
常に学ぶことを怠らず。
自分の力を蓄えて、
ネットワークを結んで、
いろいろな人と会っていこう。
少しでもいいから前進していこう。
後退はもう許されないのだから。
考えて、考えて行動しよう。
きっと叶うという夢を追いかけて行く。
自分を過小評価しちゃダメだ。
やれないことはないのだから、
それに向かって行くことが必要なこと。
願えば現実になるということを、
思い続けてこれからも。
御供 2001/10/8

2010/12/29

ナンペイの創作


いつもおどかされるのはナンペイの作品には型にはまったものがない。
どういったらいいのだろうか、偶然ですら自分のものにしてしまうのである。
この偶然との出会いが彼の頭の中では考えられないくらい整理されているのだ。
乱雑の中の整頓が彼の作品を型にはめない。
だが、作品の向こうに見えるものが鮮明に創り出されているのだ。
すべての芸術がそうであるように、
彼の目線はいつも違うところを見ている。
そう、俗にいうくだらない楽しさを見ているといったらいいのだろうか。
いやそんな言い回しでは言い切れない偶然出会った、
もっと先端をミスゴしているのだ。
「カタチがないだけ、カタチになるフューチャーがある」
これが見えそうで見えないもの、つまり彼の創り出すものである。
一見、無表情であって実はしたしみやすく、
いつもそばにありそうでないものだから飽きない。
ながくつき合えば合うほど向こうに何かが見えてくる。
これは稀な表現方法であるに違いない。
ナンペイという彼自身の中に見えるものを素直にカタチにしているだけなのだ。
そこには彼の生き方、
生きてきた環境が大きく作用していることは言うまでもない。
彼の作品を見るとき、
私はいつも驚かされ、楽しまされ、
この作品の向こうに見えるものを探し出そうとする。
こんな時間の中に引き込まれることがうれしい。
NEW WORLD  NEWS EDITOS     御供秀彦

2010/12/25

サブ


何十年か前に神戸で作られていた、
偉大なリトル・マガジン[サブ]という雑誌があった。
第5号の特集のテーマはアンファンテリブル{恐るべき子供たち]
とされている。
ジャン・コクトーが書き、
三島由紀夫、アンディ・ウォーフォールやココ・シャネルが題材。
フランソワーズ・サガンや詩人の谷川俊太郎。
小森和子がジェームス・ディーンについて書き。
ローリング・ストーンズやビートルズのSTYLEについて、
ごく当たり前のことのように語ってる。
大きな時間を経た2000年にも内容において、
古さを感じさせない。
それどころか斬新そのものだ。
アメリカで起こった60年代のカウンター・カルチャーに基ずき、
『サブ=SUB』は偉大なジャーナリズムの目で作られていた。
表紙を浅井慎平が撮り、
参加していた者は今やみな先生や名声の中にいる。
この偉大なるリトル・マガジンに関わった人たちは、
相互に影響しあい。
相乗効果にあったことがうかがえる。
2000年になっても色あせない『サブ=SUB』という雑誌。
今も私のバイブルだ。
この雑誌を読み返すと原点に帰れる。
それほど私の中に入り込んでいる。
アメリカ文化の転換期に生まれたビート・ジェネーションの考え方。
その考え方が現在の東京に飛び火していることも確かだ。
I am a tripper.
I live in a magazine.
Open the page and take a look.
 御供 2000/8/28

世界の終わりに


世紀末が来ている今、
人間はいろいろなことに気づく。
自然との共存に、
デカダンスという思考に、
ボーダーという矛盾に、
子供の頃は2000年を想像するとワクワクした。
気がついていても行動がすぐにできない。
楽観的ルーズな性格。
ただの世紀末ではなく、
千年紀の終わりでもある。
千年紀の終わり、
人類の大失踪距離計がぐるりと一回転。
私たち誰もが一人残らず、
新しい日付け欄からはじまる手帳を持つことになる。
この時間は考えると人生でいちばんのイベントになるはずだ。
ここに書かれる西暦2000年はいかがですか。
もし死を迎えたら、
あなたはいったい天国なのか?
地獄なのか?
そしてTVやラジオで報道されている災害。
世界をにぎわす、
人類そのものがそう何かの瀬戸際にぐらついているということだ。
聖書にはすでに要約されているように世界の終わりはもう終わりに来た。
日本のオウムのメンバーは目次終末の押しがけ始動して、
地下鉄に自家製の神経ガスを散布した。
彼らは肥満の指導者ショウコウ・アサハラが空中浮遊できると信じている。
彼の脳波と自分たちの脳波をシンクロさせてくれると信じて、
「エレクトリック・ヘッド」をかぶった。
お笑いぐさだね。
世紀末には何が起こるかわからない。
世紀末をどう切り抜けようか。
御供 1999/

人生は


人生は波乗りに似ている。
時代の波をつかまえたら一気に乗る。
嵐が来て崖に打ち上げられる前にUターンするんだ。
もう一度波に逆らいながら、
パトリングする。
一瞬の快感のためのパトリング。
ビーチで君が見ている。
膝を抱いて、
目を閉じてラジオを聴いているのかな。
どっちにしても格好良く決めなくちゃ。
このセロファンの波を上手くつかまえられたらいいな。
御供 2001/5/18

心の露出


やさしい心の露出こそLOVEを感じる。
うれしいことが多ければ多いほど幸せだと感じるのかな。
世界に絶対的なユーモアを持った天使が現われることを祈ろう。
人間同士に完全なるコミュニケーションが生まれたら、
地球上の未解決な問題にひとつづつけりをつける。
2003年、イラン、イラクの戦争、
どうなるのかな。
東京におけるファッション・ビジネス、
世界の70%を圧倒しているなんて困ったものだ。
アカディミックな写真もいい。
でも私には私のフィーリングの写真の構図がある。
私は私の道の上。
いくつもの山を乗り越えて、
私はパラダイスにたどりつく。
どこから吹いて来るかわからない、
風は人間の心の中にまで吹くんだね。
やさしさと思いやりを持って旅をするという人生。
音は人間にとってとても大切なフックであると思うよ。
知ってるかい、
愛の素晴らしさを本当に!
大都会で時間を共有する、
だから争いたくはない。
LOVEとPEACEは時として突然やって来る。
感情がない人間はとても空しいものだ。
自由の翼を持つことは人間として生きること。
価値は人間ひとりひとり違うものだ。
じっとしている今がある。
ユーモアのセンスだけは呼吸しつづけよう。
いいジョークはわかる人だけに言いたい。
私は何も求めない。
羊になるために生きているんじゃないと思わないか。
御供  2003/

情報について


ありあまる情報。
そんな情報のどれを信じろというのだ。
無くなってしまえばいい。
私には情報はいらない。
私が情報をつくる。
情報について。
御供 2000/8/20

日常


あの日あの時、
忘れてしまったことがある。
この日、恐ろしいほど鮮明に浮かび上がってくることがある。
じっと這いつくばって耐えてきた先端には、
こんなに過酷なことがぶら下がっていた。
私は考えもしなかった。
きっとこういうこともひとつの日常なんだなと考えられる日が来るよ。
そう私は考えることにしているよ。
良かったと、うなずける日が来るよ。
これで良かったんだなとうなずける日がきっとね。
そうしたら笑え、
声高らかに笑え。
明日という日がやけに楽しく見えてくることだろう。
人生って本当にいいものだ。
そう奮起してここまで来たのだ。
私は私がこうして来た日が、
山のようにそそり立っている日がある。
それが日常なんだなと思う。
  御供 2005/3/5

時代は要求した


時代は詩人の言葉を待ちわびている。
そして詩人の舌を切り取ってしまう。
時代は詩人が溢れ出ることを要求した。
ところがハンマーで栓をしてしまう。
それを鉄のズボンに押し込んでしまう。
時代は詩人が歌うことを要求している。
最後に時代は要求した。
御供 2000/8/22

気分というもの


いつも平静でいられる人間なんていないだろう。
揺れ動く感情の中、
どういつ戻ろうか考える。
気分はいつも変わり続ける。
平静をよそおう私がいる。
人が人を意識した時、
余計に気分はいつもと違うものになる。
そんな毎日の中で気分はいろいろな表現をする。
私のまがままの心の中で良かったり悪かったり、
悲しんだりうれしんだりする。
気分というものはできるだけハッピーに保つべきなんだ。
健康で他人に迷惑をかけない範囲で気分する。
これがいちばんいいことさ。
御供 2003/4/18

気持ちのいいこと


何をやるにしても気持ちのよくないことは続かない。
自分を偽りながら無理に続けていると、
性格は悪くなり顔が引きつる。
しまいには病気になってしまう。
「気持ちよく生きる」
社会はそんなに甘いもんじゃないけどね。
御供 2000/10/30

私が私で


時は偉大な流れの中で流れる。
私は自らの生を愛に浸らせ、
ひたむきに生きている。
太陽は笑いかけてくれるに違いない。
そう信じているから死は近づいてこない。
人間がどんどん均一化していく時代。
個性なんてものは全く見えなくなった。
私が私であるということはどういうことなのか。
私が私である意味があるのかな。
今の時代、人間は自分で死を選ぶことを多くするのは何故だろう。
その方が楽だからと言ってしまえばそれまでだが。
まわりの人のことを考えたことがあるのだろうか。
人間はひとりで生きているのではないのだから。
それを考えたら死を選ぶ行為なんてできやしない。
生きる勇気を持つ。
まわりを悲しませるようなことはできない。
やさしさを持って、
人生は人のために生きる。
そう理解したいものだ。
LOVE&PEACE
 御供 2001/1/26

都会


変わり続けるはかない都会。
人の顔が見えない喧噪の中、
創造を刺激するのは何か?
デザイン・アート・コミニュケーション。
東京という街は文化への抑えきれない情熱を持ち合わせて動き続けている。
はかりしれないメディアという見えない力に押し込まれて、
心から自分がいいと思ったことをつかみとることができない。
都会というパワーに押されて個性を見失っていく。
いったい何を見つけて生きているのだろう。
このはかない都会で、
自分を探す旅を繰り返す。
御供 2002/10/2

都会に住む


都会は物理的にも精神的にもかならず輪をなす。
それはゲームに似ている。
SEXは都会人のスポーツとなり、
死はいつも隣り合わせである。
街のはずれに車を走らせれば、
街のはずれの果てるところは取り残された悪徳と倦怠。
そして純粋で幼い娼婦の住む場所がある。
昼のビジネス街を取り巻くよごれた中にもある。
昼と夜の顔がある。
安ホテルの汚くぼろぼろのねぐら。
酒場、質屋、見せ物小屋、売春宿。
今にも崩れ落ちそうなアーケード。
終夜、映画館のひしめく通りに住む病んだ人々。
人生が逃げて、
その生活も終わり近くにいる人々。
それでもまだゲームだと思ってる。
セックスの後の恍惚が生まれるのとおなじように。
人生はいつかは終わる。
病んだ人々のゲームは死の想念をはらんでいる。
大衆浴場、酒場、安ホテルの傷ついた人々は汗を流し倒れふす。
その吐息の中に長髪の髪の毛をかきむしる。
力つきたとはいえ、
しなやかな肉体だけが生きるすべて。
脇を歩く人は振り向きもせず、
いそがしく家路に向かう。
男は人生で洞察することを望んでいたのに。
多くの奇妙な安泰に浸りきるんだ。
多くの人々がそれをむさぼる。
しかしその争いにやさしさを持った者は敗れ去られていく。
都市生活者である以上生きなければいけない。
そのためには社会となんらかのカタチで接し、
働かなければいけない。
私は社会を変えようなんて思っていないけど、
自分から変わることくらいはできると思っている。
御供 2000/8/8

2010/12/24

笑いかけて


山がある、川がある。
人間の心の奥が底に見える。
こんなこと考えたのはじめてだよ。
それだけ苦しく悲しい体験をしたということの証しなんだろう。
ふと考えると見えてくる未来がある。
私だけに笑いかけてくる。
本当の恋のように甘くはかない甘酸っぱいもの。
それは真実。
真実。
心にもないことを言うなよ。
天使がやさしく語りかけてくるなんてあるものか。
いや、あるかもしれないな。
だって、何が起きたっておかしくない世の中じゃないか。
本当に笑いかけてくるかもしれないよ。
食べるものも食べられず、
ただベットに横たわっていた何日もの時が過ぎ、
やっと私は空をあおいで立ち上がった。
飲むこともできず過ごしたこの時を、
決して私は忘れない。
いったいいったい何がそうさせたんだ。
立ち止まるな、進め。
心の底から奮起して!
  御供 2005/

いろいろな愛


女を愛すること。
男が女を愛することは支配することではない。
コミュニケートすることであって、
決して押しつけはいけない。
台所はふたりで使うことが大切だし、
洗濯はいっしょにする。
時間を共有した時にだけ、
SEXは盛り上がる。
こんな当たり前のことを考えている。
今日この頃です。
御供 1996/2/17

ジャック・ケルアックは


7年間の旅をたった2週間で書き上げた作品「オン・ザ・ロード」は、
戦争を目の前にした若者に大きな影響を及ぼした。
このビート時代の作品はアメリカを放浪したもの。
保守的な50年代。
経済大国アメリカ。
そして、60年代のアメリカへの反逆。
1997年の今、また大いなる旅に出ること。
地球との共存を旅をして確かめたい。
「オン・ザ・ロード・アゲイン」
20世紀の終わり、
文字という詩をこよなく愛し、
ビートというドラック・カルチャーのケルアック。
アル中でメキシコで死んでしまったヒーロー。
インテリジェンスの3角関係。
アレン・ギンズバーグの死。
死んでも魂は生きている。
ひとりひとりの心の中に!
御供 1997

ターコ


お人好しで強がり。
そばかすいっぱいの元気な顔がいとおしい。
一直線にものごとを考え、
ゆかいなポジティブな語り方が大好きだ。
キミと会うとホッとした気持ちになる。
僕はピエロさ。
宇宙がひとつになり、
地球がひとつになり、
世界がひとつになり、
LOVE&PEACE,
男と女がひとつになり、
ターコが近くに感じられるようになり、
時が止まる時間を信じよう。
御供 1995/10/24
PS:ちかに会う前に