天気のいい日にふらふらと街を歩くと気持ちいい。
あてもなく、ただ目に飛び込んでくるものに導かれて、
ゆっくりと歩き回る。
日曜日などは同じ街とは思えないほど風景が違うことに気づく。
とくに大都会の休日のその様は驚くほど異質なものとして目に写る。
何故だろうと考えてみる。
風景の中の動くもの、つまり人間が違うのだ。
大都会の休日の人間は少なく、
ラフな出で立ちでゆっくりと歩いてる。
ストレス忘れた働き蜂の顔さえ見せることなく。
自分の楽しみや愛する家族のために人間本来の流れに身をまかせて動いている。
顔には緊張感すら取り除かれ、笑みさえ浮かべている。
街は実に面白い。
元気な人間が集まる街には元気なにおい。
いくつもの時代が変わるごとに街も少しづつ中心が移動していく。
元気な街には若者が多く。
格好いい連中がたまりだす。
決して金持ちのスノッブではなく。
金がないのに楽しみ方を知っている。
ファッションやアート小僧たちが集まるのだ。
その一握りの優れた感性を持ったおもしろがりやたちのたまり場となる、
元気な街。
彼らは彼ら独自のネットワークを持ち、
友だちレベルの情報交換をしている。
決してBBCやCNNのような誰にでも入るような情報でないことは確かなこと。
その一握りの次の時代をつくるアイデアと行動力を持っている。
それは目に見えないひとつのインテリジェンスというものにつながっているように思う。
例えば東京で考えれば代官山が、その元気な街だ。
しかし、時代の流れは早くも次の場所に移りつつあるのを、
私は歩きながら感じ取った。
もう代官山は原宿のようになりつつある。
メジャーになってしまったのだ。
休日の代官山はファション雑誌を見てくる田舎者の集まりにすぎない。
ハリウッドの映画のセットのような建物が建っては消え、消えては建つ。
二番千手の企業のショールームのようなショップが金にモノを言わせて、
でかいつらで一番いい場所を陣取り大きな顔で並んでいる。
先駆者たちは隠れたところから移り行く街を見つめてる。
もう次の場所を考えているかのように。
メジャーになった街はまた廃れて行く。
これも時代の流れに逆らうことはできない。
高くていいのは当たり前、
ちょっと離れていても空気の流れのいい安い場所を探すヤツがいる。
そんなヤツが一番賢くセンスのいいヤツに違いない。
ファッションという一番早いアンテナでキャッチする。
センスのいいあまのじゃくな不良心を持っている格好いいヤツ。
そんな人間が街を作り、
イメージアップをはかり元気のある街としていくのだ。
そして、その一部の人間に惹かれておおくの人間たちが集まる。
文化や経済が人口密度に比例するのは変わらぬ法則なのだ。
新しい元気な街にいち早く移り、
その仲間たちとつながり時代を味方に生きて行こう。
御供 2000/7/12