2010/05/05

今のこと



若者は悩み悲しみながら生きている。
親父は途方に暮れる。
なんて言ったらいいんだ。
さわやかな午後なのに。
死の真実からつかわせられた偽善者たちが、
正装した天使の顔をしている。
つまらなそうに歩いている。
やがて夕陽が落ちる。
薄紫に世界が変色する。
いろいろな人が家路に向かいはじめる。
金がないので好きなこともできず哀れむ姿で不安げにすれ違う。
何の目的のために生きているかなんて考える余裕もなく歩く。
選ばれた一握りの体制側の人間は何も考えず浪費している。
地球の破壊に気づかない筈がないのに気づかないふりをする。
他の弱者たちを支配する。
真夜中まであてもなく街をうろつきまわる。
思考の消えた絶望は目の前の快楽だけをただ見ている。
ある者は寝ぼけ眼でよろめいて人生の先を想像している。
枕を抱いてその希望のない未来を打ち消して涙する。
現実の眠りに戻る。
すべてが寝静まった大都会に、
目の開いたまともな連中が何人いるのか。
何人が人のために生きているだろう。
大都会は眠る事なく、
人間の本質を混乱させるパワーを発する。
やがて朝が来る。
何の変わりのない朝。
この都会の隅っこである矛盾に気づく。
そんな人間がいることを祈ろう。
気づいているのに気づかぬ振りをしているヤツ。
ゆっくりと仕事に出かけて行く弱虫ばかりではないはずさ。
そんなヤツの胸の内などお話にならない。
街に出て人ごみにもまれても、
多くの人の中にいる安心感が唯一の救いなのか。
かわい子ちゃんを見ても愛をささやかない。
ガラス越しに見つめるだけの者たち。
惰性の生活に不安だらけの日。
ちょっと勇気を持てば愛のための夜を迎えられる。
諦めきった心の中を変えよう。
少しだけ勇気を持って世の中を見て見ようよ。
この美しい地球に残された未来を少しでも見よう。
自分を信じて生きていこう。
地球の終わらないうちに!
   御供    14/7/29

この時間



ゆったりとした心に来る沈黙。
歩きはじめた子供のようにふらりふらりと歩きまわる。
見るものすべてが魔法のように新鮮。
泳ぐ魚の群れのように人が群れて通り過ぎて行く。
記録として残るようにカメラを持って立ち止まりシャッターを押す。
心の中にインプットする。
私はさまよい歩く。
まるで別世界に来てしまったみたい。
だが、自分からそうして遠ざかり、
忘れゆくことははじめは少々寂しい気もした。
それも束の間、ひとつのとっかかりを持てば大丈夫。
知らない街はどんどん開けていくものである。
自分に向かって言い聞かせながら愉快になって行く。
一片の情熱は胸の底に燃えている。
じりじりと迫ってくる自己への不安がつのる。
旅は生きて行くすべを教えてくれる。
どこに行っても変わるものではないけれど、
私の心はつねに旅にさそわれる。
旅することで生きるすべを知る。
なんで旅なんだ。
と自分に問いかけても答えはでない。
この時間があるかぎり。
  御供  2001/7/15 14/7/29

スピリット



道徳的な本とか不道徳な本というものはない。
本というものは上手く書けたか、
書き方が悪いかそれがすべてなんだ。
芸術家に倫理的共感は無用である。
芸術家が倫理的共感を持つと様式の許すべからざる常習癖が生じる。
芸術作品について意見がわかれるというのは、
その作品が新しくて複雑で生命力に溢れている印である。
批評家の見解が一致しないとき、
芸術家の中に調和がある。
 ——オスカー・ワイルドーーー
 御供  2004/3/10 14/7/29

ボランティアの声



英語でよくあるボランティアという言葉。
エコロジーもそうだが日本語に訳すと、
変にあいまいな言葉になってしまうような気がしてならない。
曖昧、抽象。
どうしてもニュアンスが違うんだ。
使わられる場面も違いはあまりにも大きいと感じる。
何故だろうかボランティアという言葉。
僕らアース・ピープルから言えば、
ただの流行語にしか聞こえないのは何故だろう。
誰かの心の中にある言葉だろうか。
今更使う言葉のようではないのではないか。
まるでナンセンス的な言葉。
使わないようにしてみるのもいい。
さらっと使い流してしまいたい。
そんな言葉であるボランティア。
  御供 1998/12/16 14/7/29

ここに自分がふたり



どうしようもなくやるせない自分。
どうしようもないほど楽しくてしかたない自分。
どっちだって自分の中にある。
時間が解決してくれる時もある。
人間の一生なんて長いようで短いもの。
いろいろあってこそ楽しい人生さ。
ガッシリやって生きるだけ。
いい仲間と思いっきり楽しむ。
リラックスする時間を共有する。
クリエイティブする時間を持ちたい。
そして遊び回る時間を必要としているのさ。
みんなももう気づいている。
出会いが大切なんだ。
バーでの出会いもいい。
いきなりパーティで盛り上がるのもいい。
外来者来たりて創造への目を開くのもいい。
角度を変えてくれる友に会うととてもうれしい。
自分のやらなければいけないことが少しづつ型になっていく。
20世紀末、東京に生きたひとりの名もない詩人。
同じビルに謎の#401というバット・ボーイ・スタジオがある。
仲間といっしょに共有した時間はきっと無駄ではないはずさ。
広尾一丁目という再開発エリアの隠れ家。
リサイクルをテーマに動き回るのは拾い物。
8人のアーティストのアース・ピープルが集まった。
ロス、ニューヨーク、ロンドン、パリ、アムステルダムなどからの外来者。
世界中のアース・ピープルが集まる東京で、
なくてはならない広尾一丁目の謎の#401集団。
仕事のための集団ではなく遊びという創造力が合い言葉。
都市生活者としての集まり。
世界中から集まって来る友がいる。
いい心とリスペクトの心を持っている連中たち。
創造という目を持った人間は、
どこかわからない第六感でつながる。
友とのつながりの中で終えた一日の終わりに書く詩はいい。
すらすらと言葉が出て来る真実の世紀末の声である。
これが一番と考えられる。
旅をして世界をさまよい歩き廻っているアース・ピープル。
同じような感性ややさしさを持つ友がいる。
ボーダーを持たないいい仲間に乾杯。
丸い地球市民の多くの友にチェアーズ!
  御供 1998/12/18 11/11/26 14/7/29

今日と明日


今日と明日を大切に生きる。
それができれば時を自由自在にあやつれる。
あるがままの姿で、
「今日はオレたちのものだ、楽しんでくれ」と、言える自信。
仲間たちに時間という単位の中で精一杯の愛をぶちまける。
幸運を分かち合う。
そんな時だけは苦しく不安定な現実がない。
束の間解放された気分になる。
みんなで楽しく過ごす時間を持つことを夢見る。
自分から与えるという試練に挑戦する。
人生は有意義なものにするものだ。
  御供 1999/2/17 14/7/27