2010/09/02

J・ケルアックの意味


ジャック・ケルアックと言えば、
詩人アレン・ギンズバーグと共にビートを代表する作家だ。
このビート世代という言葉は、
どうやらケルアックの命名になるらしい。
ビートとは、
動詞のbeatの過去分詞形で『打ちのめされた』という意味である。
しかし、ビートの意味はそれだけにとどまらず、
ビートという言葉は至福を意味する。
ビスティチュート=beatitudeの響きも含んでいる。
社会からの脱落者である彼ら詩人、芸術家、
あるいは放浪者、すり、盗人、
麻薬中毒者、落伍者。
という存在ゆえに、
社会の規範に縛られることなく自由であり、
大学を出て管理職への出世コースを歩み、
郊外の庭付き住宅に、
マイカー、テレビ、冷蔵庫、
美人の女房に、
可愛い子供たちという。
おさだまりの幸福が決して与えてはくれない。
より強烈で、
より根源的な肉体と精神を同時に包み込む至福の状態を、
手に入れる可能性を持っていた。
彼らの日々を満たしたジャズ、
アルコール、ドラッグ、セックス、
放浪は、想像力を萎縮させ、
個人を抹殺し、
万人を無表情なロボットに仕立て上げようとする管理社会の規範から、
彼らを解放し、
エクスタティックな至福の時空を創造する助けとなった。
ビート世代の作家たちを論ずる時に、
彼らの生活と芸術が密接な関係があったこと。
より極端な言い方をすれば、
彼らの生き方そのものが芸術であったことを忘れてはならない。
しかし、ケルアックを読む時、
我らはもうひとつのビートに気づく。
それはジャズのビートである。
小説を含め彼の作品の中にはJAZZを聞きに行く場面が多く登場する。
ケルアックとJAZZとの関係は、
単なる思い入れをはるかに越えたものであり、
彼の思想や文体の中でJAZZのビートが息づいているのだ。
彼が『ビート世代』という言葉を初めて口にした1948年から、
彼の想像力の最も旺盛だった50年代にかけては、
チャーリー・パーカーやディジィー・ガレスビー等のビーパップの全盛時代に呼応する。
スイングが時代の秩序だし、
一貫したリズムとコード進行から解放されたバップのインプロゼーションは、
ケルアックの散文や詩に自然に溶け込んでいった。
ビート作家としてのケルアックは打ちのめされた存在故に、
至福へのパスポートを手にし、
自らの生き様をJAZZのビートに乗せて書き続けた人と言えよう。
さて、ケルアックは何と言っても小説家であり、
13編の小説をものにしている。
ビートの詩が公民権を得るようになったのは1955年、
サンフランシスコのシックス・ギャラリーでの、
ケネス・レクスロス、アレン・ギンズバーグ、
フィリップ・ラマンティア、カーソン・マクルーア、
ゲーリー・シュナイダー、
フィリップ・ホューレンの六人の詩人による朗読会。
ギンズバーグが『吠える』を初めて読んだ。
アメリカ文学史上記念碑的な晩からであるというのが定説になっているが、
実はケルアックもその晩シックス・ギャラリーにいたのである。
しかし彼は自分の詩は読まなかった。
ではいったい何をしていたのか?
彼自身の記述が『達磨バムズ』の中にある。
私の仕事は会場の壁際に幾分堅くなって立っている聴衆から十セント銀貨や二十五セント銀貨を集めて回り、
カルフォルニア・バーガンディー酒が二升はたっぷり入っているでっかい細首、
取って付きのびん3本を買って来て場内の人々に陶然たる気分を生き渡させ、
語気を盛り立てることだった。
すっかり裏方に回っている詩人たちを盛り立て、
会場の雰意気作りに精を出す『そして自分も酔っぱらうのに大忙しな』小説家ケルアックの姿がうかがえるが、
この時、彼は『メキシコ・シティ・ブルース』を既に完成させており、
彼自身一人前の詩人だったのだ。
後年の『詩の喜びの起源』と題された短い文章では、
サンフランシスコ・ポエトリー・ルネッサンスの推進者として前述の6人の詩人に、
自分の名前もしっかり付け加えている。
ケルアックは1951年に『路上』を書いた後、
出版を引き受けてくれる出版社がなかなか見つからず、
経済的にも精神的にも非常に苦しい何年かを過ごした。
しかし、1955年の七月になって、
やっとウ゛ァイキング社が出版を承諾し、
喜んだケルアックはメキシコへ出かけて一月ほど暮らしている。
当時、バークレイにいたギンズバーグを訪ね。
シックス・ギャラリーの朗読会に立ち会うことになるのは、
その帰途なのだが、
メキシコ・シティ滞在中におよそ3週間で書き上げたのが、
242編からなる『メキシコ・シティ・ブルース』だった。
ケルアックのスタイルの何が特徴かと聞かれれば、
まず無作為性を挙げるだろう。
つまり考え描かれた構造、
古典的な秩序を排し、
外部からの理性、
知性による干渉を取り除いて、
彼の内面に自ずから沸き上がる声に自由の表現の場が与えようとする方法で、
歴史的にはロマン派の反理性主義。
アメリカ文学では自分の身のまわりのあらゆるものを歌い上げた。
ホイットマンの系譜に連なる創作の姿勢である。
彼の文章は息の続く限り続くジャズのサキソフォンのアレンジングを思わせる。
自分の呼吸や肉体のオルガニックなリズムが、
たとえ文法的には破格であっても、
読者の直感を刺激する。
彼独特のスタイルを生み出している。
ケルアックは細かな構想はたてずに、
一気呵成に作品を書き上げる。
だから、一度書き始めるてしまうと創作に要する日数は極めて短い。
『地下街の人々』などは、
三日間で書いてしまったと言われている。
2008/4/28
御供




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