2010/09/02

J・ケルアックの意味


<コーラス183>
このようなものの考え方は、
存在と非存在狂をはっきり区別している。
前者のみの世界観を基礎に、
社会を築いてきたアメリカにはまったくなかった。
この世界の別の地域にはそういう思想が存在するということを想像する、
余裕さえ彼らにはなかったのではないか。
ケルアックは確かに先駆者であった。
これほどアメリカから遠いものを身につける一方で、
ケルアックは最もアメリカ的なライフスタイルで生きた。
彼は徹底したアメリカ人であり、
それが彼の力だった。
例えば、彼は実に良く移動した。
アメリカというのは良くも悪くも、
人が動くことで作られた国である。
彼らは何よりも移動の手段を生きることの中心に据える。
幌馬車と鉄道、
自動車と民間航空がアメリカを作った。
今のアメリカに見られるあのモビールハウスの群れは、
その伝統がなお脈々と残っていることを示す。
動きつつ暮らすことはアメリカ人にとって、
最も自然な姿勢なのかもしれない。
ケルアックは当時のアメリカにあって、
最も変化の可能性に満ちた部分を受け入れ、
最も固定されて体制的な部分を捨てた。
移動の印象は、
彼の詩のすべてに満ち満ちている。
彼の詩はいかにも路上で書かれ、
汽車の中で書かれ、
行く先々の安い宿の一室で書かれたことを想起させるリズムとスピードにあふれている。
詩人が早いものだとすれば、
ケルアックは確かに早かった。
早すぎたのかもしれない。
しかし、アメリカは確かに彼を必要としていたし、
彼によってずいぶん変わりもしたのだ。
精神的至福を求める彷徨というテーマは、
カウンター・カルチャーと中に着実の継承されていった。
彼の後に続いたものを数え上げるのは容易である。
例えば、彼がいなければ『イージーライダー』や『明日に向かって撃て!』のようなニューシネマは生まれなかっただろうし、
ウッドストックのあの興奮もなく、
ロック全体がまるで違ったものになっていただろう。
文学については言うまでもない。
『ライ麦畑でつかまえて』のホールデンには、
明らかに『路上』のディーンの面影がある。
カウンター・カルチャーを受け入れることで、
アメリカ文化は幅と奥行きを増し。
文明としての必須の条件であるところの多様性を獲得したのである。
そういう動き全体のところに、
ケルアックは一人で少し居心地悪げに、
ぽつんと立っている。
H.MITOMO  2001/4/28

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