2010/06/28

サブ・カルチャー


モッズ、ロッカーズ、スキンヘッド、パンク、、、。
彼らが持っている表現力には豊かな形式があり心引かれる。
異端児として追放され非難されたが認められる。
ある時は公秩序への脅威とされたことさえある。
ある時は無害な道化者として扱われた。
安全ピンや先の尖った靴、
オートバイなど。
ごくありふれたものの中に共通点を持っている。
これらはありふれてはいるが象徴的な形を持っている。
自己に課した追放の印だ。
作用、反作用の弁証法を再生させ、
これらの事柄の意義を解消する努力が必要だ。
サブ・カルチャーの表面はどうであれ、
二重の意味を持つ、日常品で作り上げたスタイル。
その中に反映が見える。
社会に対して警告し、
不自然な笑いの中に真の異なるものがある。
その正を問うものにはかなわない。
サブ・カルチャーの意義については議論が耐えない。
相反する定義が最もドラマチックな力でぶつかり合う。
『拒絶』の行為には行うだけの価値がある。
そのジェスチャーにも意味がある。
その微笑みとあざ笑いには破壊的な価値がある。
それは落書きかもしれない。
落書きは人を惹き付ける。
人の注意を引く。
落書きは無力の表現であり、
ある種の力。
モノを醜くする力。
その表現が落書き。
様々なスタイルに埋め込められた意味。
それがサブ・カルチャー。
サブ・カルチャーという言葉は、
神秘に満ちている。
この言葉は秘密のようなフリー・メイソンの誓い。
暗黒街などを連想させる。
サブ・カルチャーからはこれ以上大きく、
しかも困難な『文化』という概念が浮かんでくる。
そう文化の概念の中にあるサブ・カルチャー。
 御供  2000/9/28  11/12/21

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