2010/07/01

映す


カメラは全知への飽くなき欲求を満たす。
カメラの角度は時代を映し出す。
街に出て出会った出来事を映し続けることによって、
時代を記録することになる。
その時に空間、時間を選ばずして、
選んで身を置くことになるだろう。
感覚を研ぎすまし、
世界の事象を映す。
その時はわからなかったことや手に届かなかったイメージ。
映すことによって後で感知することができる。
無意識のうちに自分も歴史上に名を連ねることができるのだ。
瞬く間に街は変わり、
自然もまた姿を変えることに気づく。
そして、その映し出された記録は映画館へと逃げ込む。
映すカメラのないということは、
子宮の穴に住む目のない魚のようなもの。
カメラのシャッターを押し続けよう。
映すことによって空間も時間も越える。
流れゆく時代に溶け込むこともできる。
どれだけの犠牲。
どれだけの代償を支払えば、
私はシャッターを押せるのか。
私たちの時代の重要な出来事を映すこと。
これが私に与えられた唯一のことかもしれない。
書物や絵画ではなく、
カメラで写す。
毎日の生活は嘘のない真実の記録。
その存在に変わる芸術はない。
感覚の求めに応じて与えられた私の仕事。
信じられないほどの膨大な時間の証しに私はカメラを写す。
これは私に与えられた自由なのかもしれない。
私の視覚を使い、
灰色のフィルムは目を溶解し、時を映す。
御供 2000/8/10

0 件のコメント: