一定なんてものはない。
平和など虚構でしかない。
何もかもカタチあるものはいつかなくなる。
すべて冷凍しておくことなどできやしない。
冷蔵庫を使用するにもエネルギーが必要だ。
核を使ったり、
川をせき止めダムを造らなければいけないのか。
古い街は水の底。
すべてのものが再生と破壊を繰り返す。
その繰り返しの中で、
人間は苦しみえそらごとをやっている。
永遠の平和があるとすれば平和を知らない人たちだ。
何もかもえそらごとのように飛んでいってしまう。
この現代社会にいくつもの本物が存在するのか。
信じることがあると錯覚しているだけのえそらごと。
人々の心の中に秘そんでいる「絵空事」以外のものが顔を出し、
その虚構が見えはじめる。
何もかも色あせてみえる。
いったい何を信じて生きていけばいいのか。
私の心の中は不安で、
右へ左へ、上へ下へ、
揺れる揺りかごのように動いている。
時が進み賢くなった人間たちが目をつむりだしたら、
すべてがえそらごとになってしまうのか。
わかるだろ。
汚れた空気に慣らされてしまった都会人たち。
もう一度考えてごらん。
身のまわりにどれだけの美しいものが残されているのか。
美しいものはすべて目に見えないものになっていることに気づくだろう。
まごごろとかやさしさとか愛だけが美しい。
それ以外のものは現実の醜さに変わっている。
大都会の街が映画のセットのように見えてくる。
通り過ぎて行く人たちがロボットのように見えてくる。
山が人口加工されたものだと思いはじめた。
飲み水さえも再生されていることに気づく。
何が良くて悪いのか判断するのは国家じゃなくて、
自分自身だとわかる。
それまでにどれくらいの時間がかかるのか。
えそらごとがわかるまでに!
『絵空事』に気をつけよう。
御供 2004/9/28 14/4/14
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