2010/04/05

心の石ころ


愛は自分の楽しみではなく、
あらゆる人々へのものである。
愛はどこにでも転がっている。
だが、その石ころを拾うも捨てるも自分である。
他の人にやすらぎをもたらし、
至上の満足を自分に。
現代という時代の上に、
天国を見下ろそうとする。
ちっぽけな行為がそうさせる。
人間たちの考えにまよわされながら、
裏切りと信頼の間を行き来している。
上から下へ流れる川の中に転がる石ころを見て、
人間の流れの中に大切な出会いを求める。
愛は自分自身を楽しませるためのもの。
自分の快楽のために他の人もある。
他人の不安の中に楽しみを見れば、
自分の中にも楽しみが見える。
自分の不安の中に喜びがあるように、
他人の中にも喜びがある。
そして、都会にも、
確かな天国が存在する。
それは、すべての人の心の中にあると思う。
愛とは何か?
その本質はどこにあるのか?
世の中に愛する対象は、
友、彼女、親など、、、、、、。
このささげられる愛の中に存在する愛。
献身的で無知の愛もあれば、
もっぱら、他人の愛を享受するのみの利己的な愛もある。
無心の愛。
利己の愛。
これらは自分の考えの中にある。
互いに交わり合うことはない。
無心の愛は愛された人間の、
尊いを暗示している。
利己の愛はこれから、
「経験」する世界の中にある。
時間の先端をさしている。
愛は石こるが転がるようなものなのかもしれない。
    御供 2013/5/19

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