2010/05/29

新しさ



ハジマリは新しさ。
すべてのことにハジマリがあり、
すべてのことに新しさがやって来る。
角度を少し変えて見ることが大切なこと。
20世紀が完全に閉じてしまった今、
過ぎ去った時間を小さな覗き穴から見てみる。
いろいろな未解決な問題が見えるだろう。
それを拡大してアクションを起こして、新しさを見つける。
いつの時代もこうした先駆者によって当たらしは発見され、
詩や文学によって伝えられる。
その言葉の意味を受けた学者が実験を試みて、
政治家が行動を起こす。
経済がまわる。
人間の密度によって文化が生まれる。
文化は時代が変わろうとしていることを告げる。
詩人が多くの感じたことを書いたとしても、
カタチになるのは10年先、20年先のことである。
あまりに前衛的なことを考えてしまうと、
社会から放り出されてしまう。
アイツは馬鹿だ、おかしいなどと言われ、
相手にされず冷笑される。
新しさはいつも気づかないうちに通り過ぎることもある。
今こうしている時でも、
常に新しさはハジマリ、古くなっていく。
時間は容赦なく色目を使う。
止まることなどせず欲望のごとく動きつづける。
悲しいかな時間と新しさの区別など誰ができよう。
その区別ができる者こそ、
時間の先端を遊び広がる心の中に規制概念を打ち破る。
新しさとハジマリをつくり出すのは数少ない者に違いない。
かつて多くの先ゆく者がその中にいたように、
時代というものは風のように流れる。
私はその風がやさしく気持ちよく、
心にうるおいを与えてくれるものだと信じている。
だから新しさに向かっていつも思考する。
それを現実のものにしようと動きつづけている。
新しさはハジマリ。
いつの時代にも、
その新しさを味方に新しいことが起こる。
はじめよう。
アクションしよう。
もうその時は来ているのだから。
 御供 2002/6/4 11/12/15

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