2010/04/10

どこかへ動く



大都会の人ごみの中で、
人生の砂漠を私はさまよう。
そして自分の重荷の下でうめく。
どこかでほとんど忘れかけて立ち尽くす。
だが、どこか夢のように遠いところに、
私のやすらぐ場所があると信じている。
魂が再び、私をどこかへ連れて行く。
まどろみの夜が私を不安にさせる頃、
私は大都会の街の中でよろよろと歩いている。
あてもないどこかへ。
どこに行けばいいのかもわからずに足を速める。
どこへ行けばいいというのだ。
どこかやすらぐところがあるんだったら教えてよ。
どこにもないとわかっていても向かわずにはいられない。
どこかに行かなければならない私に、
いつももっといいどこかへ。
あこがれが私を次から次へと、
あくことのない旅へ連れて行く。
でもどこへ行こうと同じこと。
きっとそれは心の中にあるどこか。
どこかへ行くより、
自分の中の宇宙に飛び出そう。
私はこういう人の心の中を知っている。
童心を深く宿している人。
そういう人は、
童心の不思議な力を砕いてしまうことは決してない。
そういう人は夢に包まれ盲目のうちに生き、
日常の言葉を話すことを決して覚えない。
災いがそういう人々を驚かし、
いきなり白昼の現実に呼び戻す。
痛ましくどこかへ行きたくなる。
夢から追い出されて途方に暮れる。
恐ろしい人生を生きる。
無情なものはすみやかに沈む。
枯れた年々は、
すみやかに散り去る。
私の目の中の魂は、
あざけらず、痛まず、動ぜず、
世の中の営みを見ている。
今としては『無情』も『永遠』も等しく尊くあり、
生きることである。
だが、心はそれに逆らい愛が燃え上がる。
限りないどこかへ、
限りない愛の叫ぶどこかへ。
苦痛は私を打ちのめす名人だ。
知恵と愛は時として小さくなってどこかへ行く。
慰めと希望は薄く、はかなくなる。
苦痛は激しく、嫉妬深く愛することを許さない。
私はとけ込み、苦痛の虜になる。
地上の上である何かが、どこかへと向かわせる。
まがり、抵抗し、逆らいながら。
どこかへ行ったって何も変わりはしないと悟る。
ここで何につけても少しづつかたずけよう。
未解決の問題をここで。
どこかへ行かずここで。
   御供 2013/6/14

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