2010/04/13

沸き上がるもの


BLOW UP
自分の5本の指がやけに親しげに見える。
見ず知らずの他人のようによそよそしくも見える。
寄り添っているようにも見える。
窓の外では道路工事。
工事、工事、工事。
テレビではくだらない時間つぶしの番組ばかり。
ベットの脇には電話があって、
そのベルはならない。
話したい相手からかかって来ない。
かけようと思っても勇気がない。
自分がない。
私の人生はもの心ついてから用意ばかりに追いかけられている。
くだらない世界の出来事に、
頭はぐったりして体もぐったりする。
だから、叙情的な詩を書き出した。
お前はいったい誰だと問われたら、
『吟遊詩人』だと答えよう。
本当にいつも詩人として生きているのか。
好きなあんこを食べているときも、
私は詩人だろうか。
詩人になるということは、
『60歳まで肉体労働をやると決めたことだ』
と、詩人ゲーリー・シュナイダーが言った。
私は書きたいから書いているだけ、
ただそれだけだ。
格好いい言葉を組み合わせてゲームしているわけじゃない。
心に沸き上がる言葉をそのままの状態で詩にしているだけ。
不意にイメージが沸き上がり書き始める。
詩はいつだってそんな風に書き始めるんだ。
だが、わけは何も無い。
ただ書こうという気持ちが沸き上がってくるだけだ。
ヘッセが言ったように、
『詩人になるためには自分ひとりの孤独な道を進まなければならない』
静寂の中で呼び起こされる情感に発するものであれば、
想像力の単なる騒がしい小道具。
詩なんて悪の強い人生のようなものだよ。
詩は沸き上がるもの。
沸き上がるのも早いが消え去っていくのも早い。
いったい私は今まで何をやっていたのだろう。
よくそう思う。
  御供 2004/3/25 13/6/15

0 件のコメント: